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中山 一昭

中山 一昭

数学科

講座:自然情報学分野
略歴:
1991 年東京大学理学部物理学科卒業
1993 年同大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了,博士課程進学
1995 年信州大学理学部数理・自然情報科学科助手
1997 年東京大学大学院理学系研究科博士(理学)
キーワード:渦
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~nakayama
SOARリンク:SOARを見る

非線形性に潜む構造

現在の研究テーマ:渦の可積分性

流体に生じる渦はその規模によって異なる様相を呈しますが、ここでは気象の用語で言うところの meso-scale な渦、つまり竜巻を考えましょう。竜巻は場合によっては多大な被害をもたらすことから、その研究は非常に重要であると思われますが、現在のところ発生を確実に予想するのは難しいようです。しかし一旦発生した竜巻がどのような動きをするのかは或る程度理論的に解明出来ます。即ち最低次の近似として非線型Schrödinger 方程式と呼ばれるものに帰着させることが可能です: \[ i\frac{\partial\psi}{\partial t} + \frac{\partial^{2}\psi}{\partial x^{2}} + \frac{1}{2}|\psi|^{2}\psi = 0 \] この方程式の最大の特徴は完全可積分性で、方程式の「自由度」分の保存量を持ち、それゆえソリトン解や \(\vartheta\) 関数解等の厳密解を書き下したり、誤差が入りにくい数値計算アルゴリズムが存在する、といった良い性質を持ちます。実際の竜巻に対しては方程式を導く際に省略した効果が効いてくるでしょうけれど、目安を与えるという意味では十分でしょう。要点は渦のような複雑な現象の中にも数学的に優れた構造が潜んでいて、現実は理想からのずれとして捉えることが可能だということです。

さてこのようなうまい話をこれだけで終わらせるのは惜しいことです。そこでこの話を拡張することを考えたいのですが、一つの方向として離散化というのが考えられます。これは「折れ線状の竜巻」を考えることに相当します。いささか現実離れしているように思えますが、連続モデルの誤差なしの厳密な数値計算アルゴリズムを与えるという点で重要です。他の方向として高次元化があります。竜巻というのは謂わば細長い一次元的渦な訳ですが、これを二次元以上にするのです。数式を書き出すと複雑になるので図の一つをお見せすることで満足しましょう。

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研究領域:非線型力学系

「非線型力学系」は大きく分けて可積分系と非可積分系とに分類されます。

Newton 以来、自然を記述する言葉が微分方程式になると、多くの現象が微分方程式として定式化され、その解が研究されて来ました。このうち調和振動子のような線型力学系の場合は容易に解の性質が知れてしまうので簡単です。演習問題としても取り上げることが可能です。

問題は方程式が非線型の場合で、途端に解くのが難しくなります。代表例として惑星の運動を見てみます。良く知られているようにいわゆる二体問題は中心力一体問題 \[ \frac{d^{2}r}{dt^{2}} = -\frac{GM}{|r|^{2}}\frac{r}{|r|} \] に帰着されます。これは \(r\) に関して非線型な方程式ですが、やはり良く知られているように解が二次曲線になることが導かれます。では天体の数が一つ増えたらどうか、ということになる訳ですが、Poincaréたちによって示されたように三体問題の解を一般に閉じた形で書き表すのは不可能です。

方程式が解ける場合と解けない場合の差異は大まかに言って第一積分が必要なだけ求まるかどうかという点にあります。中心力一体問題の場合はエネルギー積分、角運動量積分、Laplace 積分の \(7\) つの第一積分(独立なのは \(5\) つ)により軌道が定まり、時間発展が求積法に帰着されるという構造だったのに対し、三体問題の場合はLaplace 積分が欠落してしまうために軌道が定まらないという状況になっています。第一積分が十分な数だけ存在して軌道が定まる系が可積分系、そうでない系が非可積分系ということになります。この言葉を使えば中心力一体問題は可積分系、三体問題は非可積分系です。

可積分性と非可積分性に関するもう一つの重要な例はこまの運動です。固定点を持つこまの一様重力下での運動はEuler-Poisson 方程式 \begin{equation*} \left\{\begin{array}{@{}r@{\,}l} I\dfrac{d\omega}{dt} &= I\omega×\omega + \gamma×r_{0} \\ \dfrac{d\gamma}{dt} &= \gamma\times\omega \end{array} \right. \end{equation*} で書き表されます。但し \(I=\mathrm{diag}(I_{1},I_{2},I_{3})\)は慣性テンソル、\(r_{0}=(x_{0},y_{0},z_{0})\) は固定点から見た重心の位置ベクトル。この場合はやや技術的な方法を援用することで四つの第一積分の存在は直ちに知れます。故にもう一つの第一積分が求まれば良いのですが、その第一積分は現在までにEuler の場合(\(r_{0}=0\))、Lagrange の場合(\(I_{1}=I_{2}\), \(x_{0}=y_{0}=0\))、Kowalevskaya の場合(\(I_{1}=I_{2}=2I_{3}\), \(y_{0}=z_{0}=0\))の \(3\) 通りしか知られていません。

その後 Poincaré が三体問題の研究に続いてホモロジー等のトポロジカルな概念や方法を生み出し、それを力学系の研究へ持ち込んだことは良く知られていますが、これは現在のカオス力学系の研究へと繋がります。一方、可積分系に関しては Kowalevskaya が彼女の解を発見したのが 1889 年。その後 Painlevéの研究(1893年)等があるものの、本質的に新しい進展は 1965 年まで待たねばなりません。

1965 年は Zabusky と Kruskal が KdV 方程式に対する孤立波解とその安定性を見出した年です。それを彼らはソリトンと名付けました。そしてさらに KdV 方程式に対する逆散乱法が見出され(Gardner, Green, Kruskal, Miura; 1967年)、その初期値問題が解かれるようになりました。KdV 方程式は非線型偏微分方程式であって無限自由度の力学系と解釈出来ます。また Kowalevskaya のこまに続く非自明な有限自由度の非線型な積分可能系として戸田格子が発見されました(Toda; 1967)。これらが現在の可積分系の研究の始まりと言えます。その後の発展は急速かつ広範で、とても紹介し切れるものではありませんが、主な研究の方向としては新しい可積分系を発見すること新しい解を発見すること可積分性の由来を明らかにすること等が中心のようです。個人的には他分野への応用に関心があります。

非線型というのは線型の場合と異なって一般的な手法というものが存在せず非常に難しいのですが、そこには線型では生じ得ない面白い現象が現れます。最初に紹介した渦もそうですし、最近流行っている脳の情報処理だって非線型です。またいわゆる地球温暖化も地球というシステムの非線型性を人類が良く理解しないまま経済活動を拡大してしまった結果と言えそうです。非線型力学系というのは何か新しい結果を出すのに長い期間を要する根気の必要な分野ですが、やりがいのある分野でもあります。