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信州大学 理学部 ようこそ、探求の世界へ。理学クエスト
浜崎 亜富

浜崎 亜富

化学コース

講座:物理化学分野
略歴:
2003年 東京理科大学理学部化学科卒業
2008年 埼玉大学大学院理工学研究科物質科学専攻修了,博士(理学)
2008年 信州大学理学部助教
2014年 信州大学学術研究院理学系助教
2018年 信州大学学術研究院理学系准教授
キーワード:強磁場
ホームページ:http://science.shinshu-u.ac.jp/~pcmag/wp/
SOARリンク:SOARを見る

磁石の世界

現在の研究テーマ:強磁場中での物質の挙動と生態系への影響

『磁石』を知らない人はいないでしょう.鉄にくっつくとか,グルグル巻きにした導線に電気を流すと電磁石になるとか・・・.きっと小学生の頃に習いましたね.でも,それ以上にどんなことを知っていますか?

きっとあまり知らないでしょう.目に見えるところでは,冷蔵庫に『ゴミの日』の表を貼ってある小さな磁石ぐらいで,思いのほか見当たらないものです.その原因は我々の生活への貢献度かもしれません.たとえば『エネルギー』という観点で考えましょう.磁石が発生するエネルギーは電気エネルギーに比べて相当小さいという事実があります.生活上,電気の方が圧倒的に実用的なんですね.では,磁石は役に立たないものなのでしょうか? そんなことはありません.特に研究の世界では,磁石の力でないとできないことがあります.

我々が目にする世界,すなわち巨視的なスケールで,磁石は大きな影響力を持てないことはすでに述べました.しかし,世の中のあらゆるものは原子や分子で出来ており,このような微視的なレベルでは,磁石が強い影響力を示します.実際,分子の性質を知るため,分子の質量測定,NMR(核磁気共鳴)や ESR(電子スピン共鳴)等の分光学的測定,磁化測定や磁気抵抗測定を行いますが,これらはみな,磁石と原子や分子の間で起こる現象を観察しているのです.また,最近は病院でMRIによる検診を受けることができます.MRIの"M"はMagnet を指し,身体の中の微視的な情報を磁気の力で検出します(MRI:核磁気共鳴画像法).人間などの大きなものでも,『ごく一部』に焦点を当てる時には磁石は大いに役立つといえるでしょう.

このように実は有用な磁石ですが,科学者にとっても謎は残っています.最近,磁石を身につけたり,水を磁気に触れさせたりすると,特徴的な効果が得られると言われていますね.巨視的な観点からも磁場は自然界に影響を与えるようで,科学者たちも『何かあるな』と思っています.しかし,その正体を突き止めることはなかなかできません.現段階で用いることのできる磁石の強さでは,現象に劇的な変化を与えられないのです.

ならば,もっと強い磁場を・・・と思うでしょう.自然界には電気や温度,圧力などの『場』があり,それらが極端に強い場所を『極限場』と呼びます.近年,それぞれの極限場における実験をもとに,自然科学がより深く考えられるようになりました.当然,磁場も極限での実験が期待されています.しかし,強い磁場の発生は現在の科学技術でも非常に困難で,他の場に比べて研究が進められないのです.

ただし,難しいからといって実験を諦めるほど,私たち研究者はヤワではありません.難しいからこそ挑戦するのです.近い将来,なんとなくでしかわからなかった磁石の世界が,確かな真実として世の中に浸透していくことを,私は信じています.

高校生へのメッセージ

皆さん,化学の勉強は楽しいですか? それともつまらないですか? 化学とは数ある教科のうちの一つでしょうか? 化学の勉強を,皆さんはどのようにとらえていますか?

実は私は高校時代を文系クラスで過ごし,文学や歴史が好きで,友人と旧跡などを巡っては旅行記(いま考えると,日記に毛が生えたようなもの)を書いていました.化学とは無縁だったのです.しかし,大学進学に際し,一転,化学の道を目指したきっかけは,案外身近にありました.当時,環境問題が徐々に叫ばれ始めた頃で,それが話題に上る機会も増えていました.ダイオキシン類が社会的に問題になったのも,私が高校生の時だったように思います.「ああいうのが悪い」とか「こういうのは問題ないらしい」というように,耳知識では会話ができるのに,『なぜ?』『どうして?』ということを議論できず,もどかしく思ったことを記憶しています.『本当のことを,本質を知りたい』と思い,その手段として環境に直結しそうな化学を勉強することにしたのです.

化学とは,自然科学の分野の1つです.系統立てて考えるために分野があり,その根底はみなつながっていると言えるでしょう.たとえば環境を考えるには,化学の他,少なくとも生物学,電磁気学(測定のため)や数学(評価のため)の知識が必要ということです.どれか1つでも欠けてしまったら,答えにたどり着くことはできません.私がかつて『環境を考えるために化学を・・・』と思った考え方は,実は『井の中の蛙』だったということで,大学に入った私は自然科学の奥深さに魅せられてしまいました.

時が経ち,現在は物理化学という分野で,特に光や磁石を使った研究をしています.これまでに,非常に強い磁場の発生可能な電磁石を作成し,その中で化学反応がどのように変化するかを研究してきました.『磁場中では反応速度が速くなったり遅くなったりする』なんて,聞いたことがありますか? 高校はもちろん,大学の教科書にもほとんど書かれていませんが,これは正真正銘の真実で,多分野の法則を集結させて考えると,理論的にも説明できます.

大学での研究では,いままで考えたこともないような自然の現象に直面します.そこで疑問を持ち,そして化学や物理という教科の垣根を越えて解決していくプロセスは研究者をわくわくさせますし,大学とはそのプロセスを辿ることができる場所なのです.

今の私の夢は,とても強い磁石の中における生物の挙動を知ることです.皆さんが知っているような強めの永久磁石の強さは,おおよそ 0.1 T (テスラ) 程度ですが,例えば100倍 (10 T) の磁場の下では、何か起こる気がしませんか? 1000倍 (100 T) ならより一層ですよね? 宇宙には強い磁場に覆われた空間がありますが,地球上の生物がそこに入ったらどうなるでしょう? 地球上でシミュレーションができたら面白そうです.もちろん人間を入れるわけではなく,適切な手法を利用しますが,結果からある程度の事を予測できるはずです.残念ながら,現在の技術では100 T という磁場の中で効果的な実験を行うことは不可能ですが,現在,様々な面から問題の解決に取り組んでいます.

初めの質問に戻りましょう.化学の勉強とはなんでしょうか? 私は自然科学を考える上でのきっかけであり,手段にすぎないと思っています.生物,物理,電気など,化学以外でもそれは同じです.それぞれの分野を学ぶことが目的だと思っていた方は,いま一度身の回りの自然に目を向けてみてください.まだまだいろんな疑問に満ちているはずです.なにか疑問が生じたら,それを解決するためにもう一度身近な分野から勉強をしていきましょう.そして将来,自然科学という大きなフィールドでの疑問の解決を目指し,大学に来てください.自然を学び,学問を育てることは,過去に遡り,未来を誘うことができるすばらしいことだと,皆さんにも感じてもらいたいと思います.

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