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長谷川 庸司

長谷川 庸司

物理学コース

講座:高エネルギー物理学分野
職名:准教授
略歴:
1990 年東北大学理学部物理学科卒業
1992 年同大学院理学研究科修士課程修了
1995 年同大学院理学研究科博士課程修了,東京大学研究員
1997 年日本学術振興会海外特別研究員(CERN)
1999 年CERNフェロー
2000 年信州大学理学部助手
2006 年同助教授
2007 年現職
キーワード:ヒッグス粒子
ホームページ:http://hepl.shinshu-u.ac.jp/~hasegawa
SOARリンク:SOARを見る

世界最高の加速器が開く高エネルギー物理学新時代の扉

現在の研究テーマ:加速器を用いた高エネルギー物理学実験

高エネルギー物理学(素粒子物理学)は,物質を形作る最小要素(素粒子)とそれらの間に働く力(相互作用)を解明する学問です

物理学研究には理論と実験があり,私が行っている後者は,最小要素を「見」て調べる必要があります。ものを「見る」とは,「対象物にものをぶつけて,その跳ね返りや,壊れてできた『破片』の様子を調べる」ことです。例えば,光学顕微鏡は,ものに当って散乱された可視光を目で感じることで,その形を見ます。光学顕微鏡では見られない素粒子の世界を「見る」には,可視光の代わりにエネルギーの高い粒子をぶつけます。量子力学によれば,小さいものを「見る」には,高いエネルギーが必要なためです。素粒子を「見る」ための「顕微鏡」が粒子加速器で,電荷を持った粒子(電子,陽子やそれらの反粒子など)を高電場で高いエネルギーまで加速し,これらの粒子同士を正面衝突させます。衝突により発生した様々な粒子を詳しく調べることで,素粒子の世界を「見る」ことができます。これが,「高エネルギー」物理学と呼ばれる所以です。衝突で発生する粒子は放射線のため,「目」となる専用の放射線検出器が必要になります。

現在確かめられている物質の最小要素は,6種類ずつあるクォークとレプトンです。陽子や中性子はクォーク3つからできています。電子はレプトンの仲間です。これらの素粒子の間に働く力には,皆さんもお馴染みの電磁気力,重力に加えて,陽子と中性子をつなぎ止めて原子核を形作る強い力,放射性同位体をβ崩壊させる弱い力の4種類があります。後の二つは,素粒子の世界でしか力が及びません。逆に,重力は,素粒子の世界では他の3つの力と比べて極めて弱く,無視できます。素粒子の世界で働く3つの力もゲージ粒子と呼ばれる素粒子が伝えます。さらに,「なぜ物質には質量があるのか」を説明し,素粒子の質量の起源となるヒッグス粒子があります。これらの素粒子をまとめて説明する理論の枠組を素粒子物理学の「標準理論」と呼びます。1970年代から、数多くの実験による標準理論の検証が行われてきました。驚くべきことに、標準理論は全ての実験結果を矛盾なく説明し、理論の綻びが見つかっていません。検証できずに欠けていた最後の1ピースが、未発見だったヒッグス粒子でしたが、2012年についに発見され、標準理論は大成功を収めました。

しかし、大成功を収めた標準理論ですが、不満がいくつかあります。標準理論では予言できず、実験結果から決めなければならないパラメータが多いことです。また、なぜ力が4つもあるのか、宇宙に存在する暗黒物質が何者なのか、などが説明できません。これらを解決するために、理論研究者により標準理論を超える理論(標準理論を抱合するより大きな枠組の理論、例えば、超対称性理論)が提案されています。

世界最高の加速器による素粒子の世界の解明

LHC/ATLAS実験
 加速器を用いた高エネルギー物理実験には,二つの流れがあります。一つは可能な限り高い衝突エネルギーを目指す流れで,加速する粒子のエネルギーを上げ,より重い素粒子や,新しい現象の生成を可能にします。その代表例が,ジュネーブ郊外にあるヨーロッパ素粒子研究所(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)です。周長27km,地下約100mの円形トンネル内に設置され,反対方向に7兆電子ボルトまで加速された陽子同士を正面衝突させます。実験が2008年から始まりました。

LHCにより陽子同士が衝突した際の現象を「見る」測定装置の一つがATLAS実験で,私は,計画段階から参加し,20年近くにわたり,測定器の一部の設計,シミュレーションによる性能評価,建設,実験の遂行に携わっています。ATLAS測定器は,大きさが直径23m,長さ44mの円筒形をした巨大な測定装置です。下図は私が携わった測定器がATLAS測定器に取り付けられた写真です。

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ATLAS 測定器に取り付けられた検出器。茶色の検出器1つがほぼ畳1 枚に相当(CERN 提供)

標準理論が破綻しないためには,LHC/ATLAS実験でヒッグス粒子が見つからなければなりませんでしたが、2012年に、ついに探し求めていたヒッグス粒子が発見されました。ATLAS実験によるヒッグス粒子の発見は、2013年のアングレール博士とヒッグス博士のノーベル物理学賞受賞理由に述べられています。ATLAS実験は、さらに先を行き、ヒッグス粒子の性質の測定などを通して標準理論のより精密な検証、標準理論を超える理論で予言される現象、例えば,超対称性粒子探索やブラックホールの生成など,今までの加速器実験ではできなかった研究が行われています。この実験で得られる新しい沢山の知見は、素粒子物理学を標準理論の枠組から解き放ち、新たな段階に進めるに違いありません。

KEKB/BELLE実験
 もう一つの流れは,高い衝突頻度により,稀にしか起こらない現象を生成し,それらを詳しく調べることで,背後にある基本法則を解き明かすものです。代表的な実験が,つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)にある周長3kmのKEKB加速器で,電子と陽電子を世界最高の衝突頻度で衝突させます。KEKBの「B」は,二番目に重いbクォークを含むB粒子を効率良く対生成するように衝突のエネルギーが調整されていることに由来し,KEKB加速器は「B工場」とも呼ばれます。KEKB加速器での衝突現象を捕らえるのがBELLE測定器で,私はこの実験にも参加しています。この実験での大きな成果はCP非保存を解明したことです。CP非保存は,宇宙開闢時に物質と反物質は等量あったはずなのに,現在の宇宙には物質しか存在しない理由を説明します。稀な現象を詳しく調べることで、物質と反物質で崩壊の仕方に極わずかの違い(CP非保存)を見つけ,反物質消滅の謎を解き明かしたのです

放射線測定器の開発研究
高エネルギー物理学実験に必要な「目」がオーダーメイドの放射線検出器です。性能の良い検出器を開発することも,私たちの大きな役目の一つです。放射線検出器は,放射線診断や治療の分野での利用など,幅広い分野に応用されています。私は,特に,ガスを用いた放射線測定装置の開発を行っています。微細構造加工技術を用いた,性能がよく,取扱い易い検出装置の開発を目指しています。

高校生への皆さんへのメッセージ
 物質を分割して行き着く先の探索は,古代ギリシア時代以来脈々と続き,人類の「遺伝子」に擦り込まれているのかもしれません。その最先端の研究が,高エネルギー物理学です。近年の高エネルギー物理学実験は,標準理論の検証が主で,「嵐の前の静けさ」の状態でした。LHCが動き出したことにより、探し求めていたヒッグス粒子が発見され、標準理論が大成功を収めました。これが契機となり、標準理論を超える新しい時代の扉が開かれようとしています。このような高エネルギー物理学の大変革を共有できるのは、大変幸運なことだと思います。皆さんも新しい素粒子の世界像を楽しみにていて下さい。そして、我こそは、と思う方は、是非私達と一緒に未知の領域を探索して、謎を解き明かしてゆきませんか。