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志水 久

志水 久

物理学コース

講座:物性理論分野
略歴:
1992 年静岡大学理学部物理学科卒業
1994 年信州大学大学院理学研究科修士課程修了
1997 年大阪大学大学院基礎工学研究科後期課程修了
1999 年金沢大学教務補佐員
2006 年信州大学理学部助手
2014 年信州大学理学部准教授
2019 年信州大学理学部教授
キーワード:エントロピー
ホームページ:http://www-bussei.shinshu-u.ac.jp/
SOARリンク:SOARを見る

相転移の解明に向けて

現在の研究テーマ:計算機シミュレーションによる相転移の解明

私たちの身のまわりにある様々な物は,約100種類ほどある原子の集まりから出来ています。実際にはその全部が使われているわけではありませんが,物の多様性は,どんな原子から出来ているか,またそれら原子の成分比から生じていると考えられています。このことは実験的には明らかなことですが,物性物理学とは,物の多様性の起源を,原子や電子の運動を記述する力学法則や,多数の原子が集まることで現れる性質を記述する統計力学熱力学を用いることで解明することを目的としています。

相転移とは,例えば水を冷凍庫に入れておくと氷になったり,水を温めるとやがて沸騰して水蒸気になるように,同じ物質であっても,その物のおかれた環境(例の場合は温度と圧力) に応じて物の様態が変わる現象を指します。このような現象は物を構成する原子が少数個のときには起きることはなく,アボガドロ数程度の非常に多くの原子から構成されるときに起こる現象で,転移に際して物全体の様々な性質が突然変化します。そのため相転移を理論的に扱うためには,アボガドロ数程度の原子や電子の運動を考慮する必要がありますが,そのようなことは現実的には不可能なので,計算機の助けを借りることになります。具体的には,原子や電子の運動を記述する微分方程式を数値的に解くことになります。また,計算機を使ってもアボガドロ数は非常に大きな数なので,現実には\(10^3\)個~\(10^6\)個くらいの原子しか扱えませんが,物の性質に関する多くの計算結果は実験結果とよく一致しています。例えば水を1気圧,10℃の状況においておくと液体の水でいますが,1気圧,0℃以下の状況では固体の氷になります。このことは温度が変わることで液体と固体の自由エネルギーの大小関係が入れ替わることで生じると解釈されていますが,理論的にこのことを確かめるために水のエントロピーを計算機を用いて求める研究を行っています。

専門領域を一言で

物質には一般に気相,液相,固相の3つの相があります。温度と圧力を外から設定すると,一番自由エネルギーが低くなる相が出現し,そのとき物質の密度が決まります。"決まる" というのは,ある一定値になることで,時間的に変化しないことです。このように温度や圧力,密度のような量(物理量)が時間的に変化しない状態のことを熱平衡状態と言います。物質が熱平衡状態にあるとき,温度T,圧力p,密度ρの間には物質固有の関係式が成り立ち,この式を状態方程式と呼びます。

img_206_0.png

上の図は状態方程式を\(p=f(T,\rho)\)のように圧力を温度と密度の関数として解いた結果の一例で,相図と呼ばれています。色のついた曲面上の線は圧力が等しい状態をつないだ線です。矢印で示した青い線に着目します。温度が高いとき (\(T\sim 2\))は密度が小さく,温度の降下に伴い密度は少しずつ増加していきます。この線はあるところで途切れてしまいますが,反対側に青い線があります。これは温度と圧力が同じでも密度がまったく異なる2つの状態があることを意味し,水の気相と液相の密度が0℃,1気圧で不連続に変化する現象と似ていることが分かります。熱力学では物質の状態方程式にこのような特徴が現れるとき相転移があると解釈することができますが,熱力学では状態方程式を求める処方が与えられていません。この処方箋を与えるものとして統計力学があります。統計力学では物質を構成する原子や電子の運動を記述する力学法則(古典力学や量子力学)に基づいて物質の持つ熱力学的なエネルギーを導きます。このエネルギーの中には力学的なエネルギーだけでなく,エントロピーと呼ばれる量が含まれ,この量は熱平衡状態の決定に重要な役割を果たします。エントロピーは俗に"乱雑さの度合い"と説明されていますが,『サイコロを10個振ったときに,出た目の和が30になる場合の数』と言うと,もう少し統計力学におけるエントロピーの意味に近くなります。
(サイコロ)\(\Rightarrow\)(原子),(10個)\(\Rightarrow\)(アボガドロ数),(サイコロの出る目が\(1\sim 6\))\(\Rightarrow\)(原子がとりうる状態),(出た目の和)\(\Rightarrow\)(物質の力学的エネルギー)
と読み替えると場合の数が物質のエントロピーに対応します。一見単純に聞こえるかもしれませんが,アボガドロ数個程度の原子全てのとりうる状態を考えることは不可能であるため,限られたモデルでしかエントロピーを解析的に導くことはできません。計算機シミュレーションは第3の研究手段と呼ばれ,実験と比較して,装置(シミュレーション手法)が未熟であったり,現実との対応に疑問が残る部分もありますが,実験では得られない情報を得ることが出来ます。その中に"原子がとりうる状態"も含まれ,得られた結果を適切に用いることでエントロピーを求めることが出来ると期待出来ます。エントロピーを足がかりとすることで,様々な物質の相図を描くことも出来ますが,エントロピーが物質を構成する原子や電子の力学的な状態から導かれるということは,物質の力学的構造から物質の相や相転移について何らかの情報を引き出すことが出きるかもしれません。
そんな日がやってくることを夢見つつ研究に耽っております・