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研究・社会貢献

CITI Japanプロジェクト

急速に発展する日本の医療技術。病気発症のメカニズムや遺伝子解析など、人類に多大な恩恵をもたらしてきた研究の影には、多くの研究者たちの存在が欠かせません。しかし、その研究者によるさまざまなミスコンダクト(不正行為)が相次いで発生する現状に、倫理教育の必要性が問われ始めてきました。そこでこのほど、5年間の倫理教育プロジェクト「研究者育成のための行動規範教育の標準化と教育システムの全国展開"CITI Japan プロジェクト"」が文部科学省により採択され、信州大学および連携校(東京医科歯科大学、福島県立医科大学、北里大学、上智大学、沖縄科学技術大学院大学)による倫理学習教材の作成をはじめとした、研究者の倫理規範教育事業がスタートしました。

詳しくは、CITI Japanプロジェクトのページをご覧ください。 専用サイト

いま、問われる研究者のモラル

繰り返されるミスコンダクト

 現在、日本では研究者によるミスコンダクトが相次いで報告されています。論文の改ざんやねつ造、生命倫理に反する研究など、研究者同士の「競争」や「成果主義」を背景にしたそれら不正行為は、日本のみならず欧米においても深刻化しています。また研究の中身だけではなく、論文に信憑性を与えるための名義貸し(ギフトオーサーシップ)など、論文の著者・共著者に関する不正も大きな問題となっています。

ねつ造データの反証には甚大な労力と費用が必要

 論文の改ざんやねつ造といった不正行為の問題の深さは、いち研究者のモラルや良識の欠如を訴えて済むことではない、という点にあります。一度確立された研究結果はなかなか反証することができません。間違った研究結果に対する反証を立証するためには、最終的に5〜6人の研究者による研究結果が必要となります。つまり、いち研究者によりねつ造されたデータが、結果的に大変な「時間」と「労力」と「お金」を消費することになるのです。

「取り締まり」から「教育」へ

 では、どうすればこのような不正行為をなくすことができるのでしょうか。現在の日本では、研究の裾野の広さから、法的な規制や処罰では取り締まりきれない現状があります。実際に同じ問題を抱えた米国政府も、早くから監視機関を設置して不正行為を取り締まってきましたが、根本的な解決にはなりませんでした。そこで米国では「取り締まり」から「教育」へと重心を移し替え、研究行為に関する倫理学習が義務づけられることになりました。そこで導入されたのが、全米の教員団体「CITI Program」による倫理学習教材だったのです。

日本語版「CITI Program」教材導入へ

CITI Program教材の特性

 米国政府による倫理学習の義務づけにともない、CITI Programでは、過去10年余をかけてe-learning(ネットを通じた学習システム)教材を整備しました。設問に答えていくことで、研究者に必要なリテラシーや基本的な倫理観・知識が身につくそのシステムは、現在、全米中の教育研究機関において倫理学習の必須教材として利用されています。また、e-learningの特性として「全国一律性」と「客観性」が保たれるという点や、時と場所を選ばない学習スタイルも、大勢の学習者を対象とした教材として採用されるひとつの要因となりました。

CITI Program教材の日本への導入

 倫理学習の徹底にいち早く取り組み、今や世界的な倫理基準を構築しつつある米国に対し、倫理教育がなかなか進展しない日本では、その必要性に迫られながらも標準的な教材がないという状況にありました。そこでその現状を打破すべく、当時東海大学医学部教授だった市川家國氏により設立されたのが、「NPO法人 日本医学教育コンソーシアム」(JUSMEC)でした。米国でCITI Programの教材作りにも携わった市川教授は、JUSMECの活動のひとつとしてCITI Program教材を日本語に翻訳し、日本における倫理学習教材としての導入を進めたのです。

動き始めた「CITI Japan プロジェクト」

日本語版のさらなる進化を目指すプロジェクト

 日本語版CITI Program教材の存在を知り、さっそく教育現場に取り入れたのが、信州大学医学部にて倫理教育の企画・立案・実施を担当していた福嶋義光教授でした。そして、さらにその教育システムを全国に広めようと立ち上げたのが、このたびの「CITI Japan プロジェクト」なのです。福嶋・市川両教授により始められたこのプロジェクトは、6大学および専門機関との連携のもと、日本の法律や文化に沿った「独自の倫理規範」を確立させることを目標としています。さらには米国CITI Programとの共同開発により、グローバル基準を満たすe-learning教材の整備を進め、世界に通用する未来の研究者たち(大学院生)の育成を目指すプログラムなのです。

基本的な倫理規範を持つ大切さ

 いまだ研究者の中には、倫理学習を研究の"ブレーキ"と捉える人も少なくありません。また、最終的な禁止事項さえ暗記していれば、研究者がルールを勉強する必要はないと考える人もいるようです。ですが「なぜそのようなルールになっているのか」を根源的に理解することは、起こりうる危険性を避けて通るための"ハンドル役"となります。つまり、研究を進めるうえで発生する問題や疑問に対し、いちいち立ち止まる必要がなくなり、結果的には研究のスピードアップにもつながるのです。

「CITI Japan プロジェクト」の未来像

 このように、倫理規範教育について早急な対応が求められるいま、グローバルな倫理観を持つ研究者を育てることは、日本の未来にとっての大きな財産となり得ます。研究者自身が倫理学習の大切さを知り、利益相反を理解することは、ミスコンダクトを防ぐうえでも、優れた研究成果を上げるうえでも大変重要になります。また、オーサーシップの扱いや、倫理学習に対する研究者の姿勢を示すことは、国際社会での正当な評価を得ることにもつながります。このプロジェクトにより、日本国内での倫理学習用e-learning教材の利用拡大を図り、研究者の倫理意識を徹底させるとともに、アジアへの技術支援や国際的な教育会議への参加など、よりグローバルな舞台での貢献に向けても、その役割を広げてゆく予定です。