カリキュラムはこう作られる ワークショップ形式のカリキュラム策定

参加型臨床実習を推進するための信州大学医学教育
ワークショップ2014― 新しい臨床実習での望ましい学生教育を考える ―

会場の雰囲気、参加者について

今回のワークショップ会場は、信州大学医学部講義棟2階 第2実習室です。明るくゆったりとした空間に、A〜Gのグループ名が記された長机が規則的に並びます。その周囲をぐるりと囲むようにして、同じくグループごとにディベート用ブースと喫茶スペースが配されています。

受付開始は午前8時30分。その直後に会場を覗くと、室内はまだ人もまばらな状態でしたが、開始時刻の9時に近付くほどに続々と参加者が到着。会場は少しずつ熱気を帯びて行きました。

本ワークショップの主役は、信州大学を含む教育協力病院の学生指導医約40名です。医療とその教育の現場を最前線で支える多忙なメンバーが一同に会し、意見を出し合うまたとない機会です。

ただし、掲げられたテーマは大きなものであっても、会場内の雰囲気は大変和やかです。参加者同士顔見知りもたくさんいらっしゃる様子で、いい意味でのリラックスした雰囲気が漂っていました。

主催者から

午前9時、いよいよワークショップのスタートです。冒頭、信州大学医学部医学教育センター長の多田剛先生から、10月から始まる新しい臨床実習の概要と目的、医学教育の現状と未来、そして本会の意図と目標の説明がありました。

まず、議論の前提として、過去の臨床実習とこれから始まる臨床実習の違いをあらためて理解していただくこと。そして、なぜ今その変革が求められるのかを医学教育に携わる先生たちに共通認識および共通目標として認識していただくことを望んでいる旨が強調されました。

その後、多田センター長は、医学教育の現場が直面している問題の核として「2023年問題」を据え、すぐにでも取り組むべき課題があることを丁寧に説明してくださいました。
アメリカでは、「2023年以降アメリカにおいて医師として医療行為を認めるのは、グローバルスタンダード教育規定に沿ったカリキュラムを修了した者のみ」という新たな医師認証基準を示しています。そして、アメリカは日本の医学部に対しても、このグローバルスタンダードに沿った実践的医学教育への改革を打診しているのです。

現在日本国内で、ECFMG(アメリカの医師免許取得の第一歩である試験のUSMLEを実施しているNGO団体)により、グローバルスタンダードを満たす教育機関として認証を受けているのはわずか2校。信州大学医学部は未認証です。この現状をふまえ、間近に迫った大きなハードルに正面から向き合うための一策が参加型臨床実習の実施なのです。

新しい臨床実習では、さまざまな視点から内容が大幅に見直されています。
学生を医療チームの一員とみなしたうえで見学型から参加型の実習内容への移行。さらに、実習の場は150通りから選択(県内約30の病院/1診療科1人ずつの配属)でき、これまで50週だった期間を世界標準である72週に増やします。もちろん、これだけの変化を受け入れていただく病院の皆さんと学生たちへのフォローのため、大学教員が病院を巡回するなどのサポートも充実させます。

こうした新しい臨床実習を推し進めることにより、学生たちは早い段階から世界基準の学びに触れ、現場で真に求められる技術や知識を習得することが可能となります。同時に、受け入れていただく病院では、学生が患者さまと深く関わることで新しい風が取り入れられ、教える側も実践的指導の実施により技術・知識の見直し等が必要となります。その結果、全体としての活動性が上がることが期待されているのです。

何はともあれ、実習型臨床研修を始めるにあたり最も重要視すべきは、軸となる学習指導目標です。大学側が一方的に提示するのではなく、本ワークショップに集まってくださった指導医の先生に議論していただき、共に創りあげること、そして学生を共に育てることが大切です。

「今回の変革をきっかけに、大学と協力病院の連携強化による医学教育のレベルアップと内容の充実が図られれば、学生たちは自身を大きく育ててくれた長野県に卒業後も留まり、医療を支える優秀な医師としてさまざまな役割を担ってくれるだろう」と、多田センター長は締めくくりました。

グループ作業1

信州大学と県内病院で屋根瓦式教育を定着させるためには

議論の様子を拝見させていただいたBグループには、遅れて到着される1名を除く5名が参加。まずは進行・書記・後の全体発表でのプレゼンテーション役を決定し、すぐさまテーマに沿った個々の意見を小さな紙片に次々と書き出しました。

5分ほどが経過したところですべての意見を模造紙上に集め、それらをカテゴリー別に整理します。紙片に書かれた内容を一度皆で意見を出し合いながら共通理解をつくります。その中で、今現場で直面している課題や問題点をあらためて認識し、そのうえで策を考えるというものです。

最初からカテゴリーに分けるのではなく、おおよそグループにまとめてから内容を精査し、結果としてどのカテゴリーに落ち着くかという流れでした。それぞれにご自身の体験やこれまで課題として認識しながらも対策を講じることができずにいたことなどをざっくばらんに話し、他の先生の考えや病院の実情等を参考に考えを少しずつまとめている様子でした。

こうして意見を交わし合ったBチームでは、柱となる【教育・体制・目標】に① 学生 ② 指導医 ③ 体制(チーム医療) ④ 市民 の4要素を充実させることで、屋根瓦式教育の定着が可能であると結論付けました。

全体発表の様子

1時間のグループワークの仕上げは、A〜GグループがKJ法により導き出された結論を模造紙上にまとめて3分程度のプレゼンテーションを行う、全体発表です。

全体的に、発表自体は要点を抽出して結論を述べるコンパクトなものでしたが、模造紙には色とりどりの紙片とマジックペンによる多色使いの文字が自由に配され、見た目の印象もグループごとに異なっていて興味深かったです。もちろん、同じテーマについて同じように県内の病院で指導医を務める先生方が議論したにもかかわらず、グループによって中心に据える要素が微妙に違っていて、さまざまな意見がグループごとに異なる方法でまとめられた印象です。

たとえば、ディスカッションを拝見させていただいたBグループは、【教育・体制・目標】が最も大切であり、この軸ありきの他要素の存在を強調していました。しかし、他のグループでは学生の意志や市民との関係性の構築などが重視されるなど、中心要素も細かく掘り下げたポイントもさまざまでした。

各グループの発表後には質疑応答の時間も設けられましたが、意見が出ることはなく、多田センター長からのコメントが添えられる程度でした。ただし、当たり障りのない理想論を述べるのではなく、多くの改善点をはらんでいる実情を真摯に受け止めたうえでもっと踏み込んだ意見を出すべきでは? という、ある種の物足りなさを感じた先生が、全グループの発表後に意見される姿もありました。しかしながら、全員がご自分の属するグループを含む発表を熱心に聞き入り、異なる考え方に触れて気付きや刺激を得ていらっしゃるように感じられました。

グループ作業2

信州大学医学部生が行う医行為について

グループでの議論と全体発表によりウォーミングアップが完了した参加者の皆さん。続いて取りかかったのは、「信州大学医学部生が行う医行為について」をテーマとする2つ目のグループワークです。担当診療科を割り当てられたそれぞれのグループが、新しく実施される参加型臨床実習における具体的な目標を定めよう、というものです。

このグループワークにより導き出された目標は、新しい臨床実習の指導目安として医学教育センターに採用され、まとめられて、実際の新カリキュラムの運用に役立てられることになっています。つまり、ここで出された目標が、今後学生たちにも指導医であるご自分たちにも大きく影響を与えることになります。

グループでの議論と全体発表によりウォーミングアップが完了した参加者の皆さん。続いて取りかかったのは、「信州大学医学部生が行う医行為について」をテーマとする2つ目のグループワークです。担当診療科を割り当てられたそれぞれのグループが、新しく実施される参加型臨床実習における具体的な目標を定めよう、というものです。

このグループワークにより導き出された目標は、新しい臨床実習の指導目安として医学教育センターに採用され、まとめられて、実際の新カリキュラムの運用に役立てられることになっています。つまり、ここで出された目標が、今後学生たちにも指導医であるご自分たちにも大きく影響を与えることになります。

このグループワークの結論としてまとめるべきは、「臨床実習終了時までに達成すべき目標(アウトカム)」を内科全体の【大目標×2項目】とそれぞれの大目標を実現するために必要な【小目標×5項目】、そしてグループ別に割り当てられた専門診療科ごとの【大目標×3項目】と大目標ごとの【小目標×5項目】です。

最初のグループワーク同様に再びBグループの様子を拝見させていただきました。最初は「目標」の定義が定まらず、どの程度の医行為を挙げるべきかという前段階で迷われている様子でした。また、内科全般と専門診療科である消化器系の目標とが混同してしまったり、グループ内で専門的な手技等の知識の差(グループの全員が消化器系を専門とする医師ではありません)があったりと、議論がスムーズに進みませんでした。

用意されたパソコンに目標を打ち込むようエクセルが用意されていましたが、なかなか項目を増やすことができません。これまで見学型の実習を行ってきた先生方が参加型スタイルでの目標設定を行うには、根本から発想を転換しなければならないのでしょう。どこからどこまでを学生に任せて良いのか? という判断の難しさにくわえ、責任の所在は? 患者さまの協力が得られるのか? など、医行為にかかわる諸々の要素が頭をもたげ、苦戦している様子でした。

しかしながら、そこは経験豊かな先生方です。運営スタッフがグループを巡回しながらグループワークの意図をあらためて説明をしたり、エクセル表にある項目の解説を行ったりするうちに、「これは学生にもやってほしいよね」「学生のうちに経験しておくべきだよ」などの意見が出てくるようになりました。

とは言え、参加型臨床実習自体が初めての取り組みですから、目標設定に迷いが生じるのは当然のことです。だからこそ、最初のグループワークの時のように経験則に基づく貴重な意見や考えをざっくばらんに放出することが大変効果的であり、それによって現状の課題や問題点をふまえた有効な実践的実習目標が固められていくように思いました。

全体発表の様子

昼休憩前の約1時間が実習目標①の作成に割り当てられ、休憩後の午後1時からはグループでまとめた目標の全体発表が行われました。
午前中の1時間でしっかりまとめられたグループもあれば、時間が足りずにひとまずその時点で挙げられていた要素をまとめたというグループもあったようです。しかし、これはまだ目標作成のための第一ステップです。この時の他グループの発表内容を参考に、さらに1時間のグループワークを重ね、内容の精度を上げて行きます。注意すべきは、この目標が実際に実習の現場で採用されることを意識し、あらゆる症例に適応できる普遍的なものになるよう設定することです。

こうしてまとめられた目標を再度全体発表にて披露し、ひとつの成果として他グループに報告します。これに続いて行われたのが、本ワークショップ4つめのグループワークであり最終章となる「実習の方略と評価方法の作成」です。

これは、グループワーク2と3を経てまとまった「臨床実習終了時までに達成すべき目標」を4週間の時間軸で達成する方法を、1週間ごとの具体案(予定表)として形式的評価方法を含め作成するものです。目標の設定に留まらず、時間軸を据えた具体的な予定とその学習効果の一指標となる評価方法を提示することにより、実効性を高めていると感じました。

ワークショップを終えて

今回のワークショップを拝見し、まず感じたことは主催者である医学教育センター側が抱いている危機感と、それを逆手にとって長野県の医学教育を変えて行こうとする熱意でした。同時に、臨床実習の現場を担う指導医たちの誇りと責任感の強さ、そして新カリキュラムに寄せる期待の大きさも感じられました。

ただし、新たな取り組みには不安や疑問が付き物です。本会において対話型ワークショップというスタイルを採用したために、それら不透明な要素についてもしっかり触れられており、ある程度のものが消化されたように思います。

全体を通じて、今回の変革を机上の理想論では決して終わらせないという能動的な姿勢が、参加した指導医たちがグループワークにおいて屈託なく意見を述べる姿や他グループの考えに熱心に耳を傾ける姿に現れていたのが印象的でした。

これは、最前線で医療と医学教育の両面を担う彼らが、学生の受け入れをお願いする立場の大学とさらに連携を強めることで、長野県の医療全体の未来を変え得ることをしっかり意識している証です。


冒頭で多田センター長が触れた2023年問題は遠い未来のことではありません。今回テーマとして掲げられた新しい臨床実習の実施など、信州大学医学部と県内の協力病院による大胆な変革的取り組みが、目の前にある課題の解決はもちろん、これからの日本の医学教育と日本の医療の向上と発展を導くに違いありません。

今後さらに活発化するであろう長野県の医学教育の動きに、これまで以上に注目して行きたいと思います!

カリキュラム策定について