エッセイの目次へ

パン or ケーキ?

(内藤記念財団年報への寄稿)

信州大学大学院医学研究科・移植免疫感染症学・教授 瀧 伸介

実は、この助成金をいただくのは2度目である。前回は、現在の大学に赴任する直前に助成していただき、start up資金の貴重な一部としてずいぶんと助かった。あれから5年ほどが経ち、十分な成果が得られたとはいえないかもしれないが、曲がりなりにも独立した研究室としての形は維持してきている。研究成果というのは個々のテーマに対する決められた期間の資金補助にのみ依存するものではなく、機器・設備や、その他有形無形の知的・技術的蓄積などをも含む「インフラ」が非常に大きな部分を占める。この意味で研究費というのは(科研費であっても)当該の計画に加えて、当初意図せざるものであれ将来の研究への投資でもあるわけだ。先の当財団からの助成は、結果としてまさにこの5年間に向けた投資であったと言える。

筆者の分野(免疫学)に限ったことではないのかも知れないが、最近の研究では、直接の研究対象以外にも数多くのノックアウトマウスを用意する必要があって、それらは、たとえば骨髄やその他の細胞の移植のrecipientや二重欠損マウスを作るためのパートナーとして用いられる。出来るだけ余計な系統は維持しないようにしてはいるものの、いったんfreezingなどしてしまえば使えるようになるのに長い時間がかかるし、必要な時によそからもらうにしてもクリーニングや感染検査でやはり長い時間がかかる。下手をすると、何のためにそのマウスを導入しようとしていたかを忘れてしまいそうなくらいである。したがって、おのずと多数の系統のマウスとそれらのコンビネーションを維持することになる。金がかかるわけである。かといって、研究の進行状態によってはこのマウスがある日突然必要になるかもしれないと思うと維持するのをやめるわけにもいかない。科研費も昔に比べると少しは現場の状況に沿うようになってきていて、「マウスの維持のコストが...」などとこぼすと、親切な人は「科研費で払えるんだよ、科研費で払えばいいじゃない」と教えてくださる。でもこれは我々クラスの研究室にとっては、ある意味"Let them eat cake."と同じに響く。庶民が日々のパンに事欠いているという話を聞いてマリ・アントアネットが言ったという有名な言葉だ(実はこの言葉は彼女がフランスに来る10年以上も前にJ.J.ルソーが書いたものだという話もあって、真の発言者は定かではないらしいが)。科研費はもっと別の「すぐに必要な」ことで消えてしまうので、「かもしれない」マウスの維持に使うことなど無理な話なのである。何が言いたいか?今回いただいた助成金のおかげで1年間程度はマウスの飼育費用の心配をしなくて良くなった、ということ。望むらくは、この助成が短期間の糊口すすぎに終わらずもっと長いスパンに向けた投資であったと、(もしその機会があれば)次回にまた助成いただくときにも今回と同様思えることを。

最後になりましたが、貴財団の益々のご発展を祈念します。

ページの先頭へ