信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療

8. 心不全

2000.1.26 鎌田

@定義

 心臓が、各臓器組織が必要とする血液を供給できる心拍出量を維持していない状態を、心不全という。
 また心拍出量が少なくて、各臓器組織の血液需要に応えられない場合を低心拍出性心不全(low output failure)といい、心拍出量は正常か増大しているのに、組織の必要とする血液を供給しえない状態を高心拍出性心不全(high output failure)という。低心拍出性心不全で、左心からの心拍出量が低下すると、肺循環系に血液がうっ滞し、右心拍出の血液は大循環系にうっ滞するので、うっ血性心不全(conjective heart failure)ともいわれる。

A臨床症状

 左心不全   ^呼吸困難 _脱力感 `夜間多尿

 左心のポンプ機能の低下により全身臓器に十分な血液を拍出できない状態で、肺から左心系への血液の流入が大きな抵抗を受けるようになる。左心不全によって現れる臨床症状は、肺静脈系うっ血によるものである。

 右心不全   ^浮腫 _腹水 `肝腫 aチアノーゼ

 右心不全が単独に出現することは比較的少なく、左心不全に続発する事が多い。肺うっ血のため、肺静脈圧が上昇し、右室から肺への血液拍出が障害され、その結果、静脈から心臓への血液環流が大きな抵抗を受けるようになる。右心不全による臨床症状は末梢静脈系のうっ血によるものである。

B検査所見

^脈拍  :頻脈で、脈拍微弱である。脈拍の大きさが各心拍ごとに変化する。           

_血圧  :心収縮力の減退により収縮期圧が低下する

`心電図 :心電図では、STの下降、T異常、QTの延長がみられる

a浮腫  :身体の下垂部分、通常下腿頸骨部に圧窩ができる

b胸部聴診:両肺下野、肺部に湿性ラ音を聴取する。左心不全による肺の換気不全、肺胞内の少量の濾出液によって起こるものである。

c心臓の聴診:基礎疾患による心雑音などが聴取されるほか、奔馬調が聴取されると心不全の徴候であり、とくに拡張早期奔馬調があれば確定徴候である。

d胸部X線所見:心陰影は左右に拡大し、肺野は血管陰影とうっ血のため色が薄くなる

C歯科治療にあたって

 NYHAの心機能分類において第4度では治療は行わない。第3度の場合はモニター下にてできるだけ保存療法を行い、治療時間を短くする。第2度以下において安静時の心拍数は正常で、運動負荷の場合に呼吸困難が生ずる程度では、正常人と同様に考えてよい。しかし治療時間はできるだけ短くし、患者に精神的負担をかけないようにすべきである。安静時や軽度の運動で呼吸困難が生じ、心電図で低心拍出が疑われる場合は、抜歯や歯科手術などは中止し、強心剤、利尿剤を投与し、循環状態を正常化したのち、歯科治療を行う必要がある。(強心配糖体:ジギタリスの作用をエリスロマイシン、クラリスロマイシンが増強するため注意)

また心不全の原因として、先天性の心疾患、心臓弁膜症、心筋梗塞、心筋症などがあり、、高齢者に多い原因は虚血性心疾患、高血圧、肺性心(肺が悪いために、肺の血管抵抗が上昇し右心に負担がかかり心不全になるような場合)である。よってこれらの患者の歯科治療にあたる場合は、原因となった疾患に対する配慮が必要である。

 心不全の誘因としては、風邪などの呼吸器感染による場合が多く、そのような場合には歯科治療を避ける。また右心室不全が存在する場合には、肝臓の浮腫によって肝機能がが悪化し、同時に頚静脈や舌静脈がうっ血していたりすることがあるので抜歯などの観血処置時には注意が必要である。また、組織の酸素不足、低タンパク血症などのために抜歯窩の治癒も遅延することが多いため注意が必要である。

NYHAの心機能分類

第1度
 心疾患を有するが身体活動に制限がない。日常生活では著しい疲労、動悸、息切れ、狭心症を生じない

第2度
 心疾患を有し、わずかに身体活動に制限がある。安静時には症状がないが、通常の身体活動で疲労、動悸、息切れ、狭心症を生じる

第3度
 心疾患を有し、著しい身体活動の制限がある。安静時には無症状であるが、通常の労作以下の身体活動で疲労、動悸、息切れ、狭心症を生じる

第4度
 心疾患を有し、無症状で身体活動が行えない。安静時ですら心不全や狭心症の症状が起こる。どのような労作でも症状が増悪する

                                                                                                    <参考文献>  

高齢者歯科治療マニュアル    永末書店

有病高齢者歯科治療の実例集   クインテッセンス出版株式会社

歯科医のための内科学      医歯薬出版株式会社                                         


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