信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療

7. 動脈瘤

2000.1.19 酒井

1、定義

 壁の脆弱化のため動脈が異常に伸展し、限局的に本来の太さより拡張した状態を動脈瘤という。動脈のいずれの部位にも発症しうるもので1カ所のみのことも、多発性のこともある。動脈壁の脆弱化は主として中膜の障害による。
 動脈瘤という場合には、通常動脈壁の全層、特に中膜、外膜がそのままの状態で拡張する型のもの(真性動脈瘤)をさすが、解離性動脈瘤、偽性動脈瘤にも動脈瘤という名称が使われている。偽性動脈瘤は、動脈壁が破れて血管外に血液が流出し、血管周囲を形成したもので、瘤の壁は本来の動脈壁ではなく、凝血と周囲に増生、癒着した結合組織とで構成されている。

2、動脈瘤の形態

 真性動脈瘤は形態的に紡錘状動脈瘤と嚢状動脈瘤とに分けられる。紡錘状動脈瘤は動脈壁の脆弱化がやや広い範囲わたるために生じるもので、動脈硬化、動脈炎などによるものが多い。これに対し嚢状動脈瘤は、中膜の傷害が限局している場合で、動脈硬化の他に外傷によるものがこの型をとりやすい。形は球状、楕円状などさまざまで、本来の動脈に対してポケット様の外観を呈する。多くの場合内膜の損傷が強く、血栓や粥腫を伴っている。

3、主な大動脈瘤の好発部位、主症状、等

^胸部大動脈瘤   
 かつては、梅毒によるものが多かったが、現在では各種動脈炎や動脈硬化に基づくものが増加している。梅毒性のものは上行大動脈起始部から大動脈弓部にかけて好発する。動脈硬化性のものは大動脈弓部の比較的末梢の部分および左鎖骨下動脈分岐部以下に始まることが多く横隔膜下に及ぶこともある。主症状は、胸骨下、背部(特に左肩甲骨部)、時に肩や頸部の疼痛や、食道の圧迫による嚥下障害、気管、気管支の圧迫による咳、呼吸困難、喘息、反回神経の圧迫による発生障害、交感神経の圧迫による*Horner症候群などである。
_腹部大動脈瘤 
 腹部大動脈瘤は、大部分が動脈硬化によって生じる。95%以上が腎動脈の分枝部より末梢部に発生し両側総腸骨動脈にまで波及している場合が多い。主症状は、動脈硬化性のものは一般にかなりの大きさまで無症状であり偶然発見されたりする。
`解離性大動脈瘤
 大動脈の中膜が内外2層に解離して、その間に血腫を形成した状態である。大部分は、大動脈弁から数B以内、または下行大動脈の右鎖骨下動脈分枝部直下に発生する。血圧の高い人に起こりやすく、ごくまれに無症状のこともあるが、多くは激しい疼痛で始まる。急性期にはショック状態にある様に見えるが、一般には血圧は高い水準に維持される。大動脈からの分枝する動脈の入り口が血腫によって圧迫されると閉鎖症状が生じ、腎動脈の閉鎖では、血尿が見られたり、冠動脈の閉鎖では心筋梗塞が起こることもある。

4、成因

@動脈硬化モ動脈壁破壊による弾性低下によるもので最も頻度が高い  
A梅毒  
B動脈壁の細菌感染  
C非特異的動脈炎  
Dその他

5、各種成因と動脈瘤の関係および歯科治療時に留意する合併症

@動脈硬化とは
 動脈の非炎症性・限局性病変で、動脈壁の肥厚・硬化・弾性低下を生じ、このため動脈内腔の狭窄・閉塞・拡大、動脈の屈曲・延長などが発生する。病理学的には以下の3つに分類される。

|粥状硬化
 動脈内膜に脂質の沈着、粥腫形成、繊維増生、石灰沈着、潰瘍形成、血栓付着により壁構築の破壊や内腔狭窄あるいは閉塞をおこす。
}中膜硬化
 中等度の動脈によく見られる変化で、中膜に輪状の石灰化を生じる。内腔の狭窄は殆ど起こらずむしろ拡張するためほとんど問題となることはない。
~小動脈硬化
 小、細動脈の中膜の肥厚、内膜の増生、硝子化を生じ、内腔の狭窄、閉塞をきたすものである。高血圧との関係が深い。高脂血症、高血圧、糖尿病は、動脈硬化の促進因子であると考えられている

A梅毒性大動脈炎
 晩期梅毒病変の1つで罹患後10〜30年後に発症する。近年では激減している。10〜40%で大動脈瘤を生じ、好発部位が上行大動脈なためしばしば冠動脈入口部に狭窄をきたし心筋虚血、狭心症を生じる。また20〜30%の症例に大動脈弁閉鎖不全症が現れ心不全を呈するものもある。

B感染性大動脈炎
 きわめてまれである。敗血症、細菌性心内膜炎などでは全身の動脈がひろく侵され、動脈内に膿瘍が形成される。全身症状が強く、動脈瘤形成や動脈破裂をきたすことがある。

C非特異的動脈炎

|巨細胞性大動脈炎老年者に好発し異物型巨細胞の出現を伴った非特異的肉芽性炎症像が見られる。大動脈の拡張、大動脈瘤形成を見ることが多く、解離性大動脈瘤を起こすことがある。
}Behcet症候群に伴った大動脈炎
Behcet症候群は動・静脈が侵されることがあり、大動脈では動脈瘤を形成することが多く、内腔には層状をなした血栓の付着が認められる。

Dその他

|大動脈炎症候群 }結核性大動脈炎 ~リウマチ性大動脈炎 外傷

6、まとめ

 動脈瘤は、様々な成因によって引き起こされるので、その成因をなるべく限定し、それに随伴する合併症に留意しながら歯科治療を行っていかなければならない。   
*Horner症候群とは? 頸部交感神経麻痺により、患側顔面無汗症、眼窩陥没、縮瞳、上眼瞼下垂、眼裂狭小などをしめす症候群

7、歯科治療時の留意点

初診時に、服用している薬剤、動脈瘤のOPEの既往の有無を聴取する。

服用している可能性の高い薬剤 

・降圧剤モ血圧低下させて大動脈瘤の拡張や破裂防止

留意点:動脈硬化により、末梢血管抵抗は増加、心拍数の増加、心収縮力の増加などをきたしているため、精神的ストレス、疼痛を与えないように留意し、局麻に含まれる血管収縮薬などにも留意する。(最高血圧が110〜130mmHg程度にコントロールされている、解離性大動脈瘤の場合最高血圧100〜120mmHg以下にコントロール)特に、動脈瘤の直径が7B以上の場合破裂頻度が約60%と急に高率になるため特に注意する。

・抗高脂血症剤モ血清のコレステロールとトリグリセリドの一方あるいは両者が高値を示している状態が高脂血症であり、それら脂質が血管壁を構成する細胞の代謝を介して壁に沈着するのを防止

留意点:服用している薬剤の中に肝障害、急性の腎不全を起こすものがあるので、病態を把握し抗生物質の投与などに留意する。また、ワルファリン作用増強するものもあるため留意する。

・抗凝固剤モ血栓防止作用

留意点:観血処置をする場合止血を確実にする。

・ステロイド剤モ大動脈炎症候群が原因の場合、動脈炎の活動性を鎮静化させるため

留意点:一般に易感染性となっている場合が多いので留意する。

OPEの既往が有る場合

モ 人工物が使用されている場合がある(バルーン、人工血管、大動脈弁閉鎖不全を伴う場合人工弁etc) モ 抗凝固剤の使用が考えられるので、観血処置に留意する モ 感染予防のための抗生物質の投与が必要

*大動脈弁閉鎖不全症から心筋梗塞、狭心症を引き起こすこともあるので留意する。(特に解離性大動脈瘤において)  
*動脈硬化は糖尿病による場合もあるので、歯科治療前の血糖に注意し治療中の低血糖昏睡及び出血、易感染に留意し治療をする。
*一度破裂をすると、致命的になる可能性が高いので、歯科治療の際は担当医にコンサルトすることが大切である。

                                                                                                    <参考文献>  循環器病学:医学書院

        循環器  :メジカルビュー社

        循環器疾患:医師薬出版

        老年内科学:KINPODO

        新臨床内科学:医学書院                                            


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