信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療 
5. 
ペースメーカー装着患者

2000.1.5 成川 

ペースメーカーとは:

 主に完全房室ブロックなどの徐脈性不整脈に適応される。刺激伝導障害によって心 拍数が病的に減少し、40/分以下になると心拍出量の減少を伴い心不全をきたす。また、5秒以上の心停止では、脳血流の低下によるAdams-Stokes発作のため失神し致命的となることがある。ペースメーカーは、このような患者の心筋に直接電気刺激を与えて、心収縮のリズムを生理的に保つ装置である。

ペースメーカーの種類と様式:

@生理的ペーシング型ペースメーカー
 心房収縮が心室収縮に先行するものを生理的ペーシング型ペースメーカーといい、DDD、AAI、VDDなどがこれに当たる。DDDペースメーカーはほとんどすべての房室ブロック症例に適応があるが、心房リードと心室リードの2本のリードを必要とし、手術が煩雑になる。一方、この欠点を補ったのがVDDペースメーカーであり、1本の心室リードを左室に挿入するだけで、リードの途中にあるP波感知用電極でP波を感知し、そのP波に同期させて心室を刺激するペーシング様式である。AAIペーシングは、房室伝導能が正常な一過性洞停止、洞性頻脈、洞房ブロックなどの洞不全症候群に適応がある。

A非生理的ペーシング型ペースメーカー
 生理的ペーシングが困難な徐脈性心房細動に対しては、非生理的ペーシングであるVVIペーシングが適応となる。AOO,VOO,DOOペーシングはいずれもセンシング機構を有せず、設定レートでペーシングする方式であり、通常のペーシング様式には用いられない。ただし、手術時の電気メス使用時などの電磁障害が避けられない状況に用いられる。

Bレート応答ペーシング型ペースメーカー
 レート応答ペーシングは、心拍数増加による心拍出量増大から血行動態の改善を目的としたものである。生理的ペーシングが困難な症例にはレート応答ペーシングを選択するが、一般的に重量、容量ともに大きく、電池消費量も多いため、電池寿命は数年短くなる。レート応答ペーシングのセンサーには、体動、呼吸数(分時換気量も含む)、血液温度、心電図上のQT間隔などがある(表1)いずれのセンサーも長短あり、各機種ともに生理的状況で心拍数を変化させているとは言いがたい。したがって、現在は複数のセンサーを用いている。

ペースメーカー患者の管理:

 慢性期の患者管理では患者のQOLを考えた管理が必要で、(1)患者個人に対するペーシング様式、適合性、(2)作動不全、合併症の有無、(3)テレメトリ、閾値異常の有無、(4)電池寿命などをチェックする。

ペースメーカー患者の日常生活:

 日常生活を制限するものは特にないが、電磁障害(electromagnetic interference:EMI)が問題となる、しかし通常の家電製品はアースさえしっかりとってあればあまり問題ない。医療分野での低周波治療器、通電鍼治療器、電気メス、除細動器、高周波温熱治療器、MRI、γ線照射装置などはEMIを起こす。EMIを受けると、ペーシング抑制を受けるか、EMI防御モード、マグネットモードへ移行することが多いが、プログラム内容が変化したり、心臓に対してマイクロショックを起こしたり、機能破壊が起こることもある。

ペースメーカー植え込み患者の歯科診療上の留意点:

@ペースメーカー手帳を見る。
  ・・・植え込まれたペースメーカーの基本的な事柄が記載されている。

Aペースメーカー本体は、左右どちらかの鎖骨下部の皮下に植え込まれている。
  ・・・最近は小型で薄くなっているので、着衣の上から分かりにくいので注意が必要。

Bペースメーカーが電磁障害を受けた場合、以下のようなことが生じる。
  1)固定レートになる
  2)プログラムが変わるか消失する
  3)誤動作して頻脈を誘発するなどの反応がある

C絶対に避けるべきもの
  1)高周波温熱療法
  2)マイクロ波温熱治療器
  3)各磁気共鳴診断装置(MRI)
  4)アマチュア無線

D歯科治療電気機器
  1)アース電極板の接続を確実にする
  2)アース電極板をペースメーカーからできるだけ離す
  3)電気機器の線がペースメーカー本体やカテーテル電極を横切らないようにする
  4)最近の電気メスは、改良されており、上記の注意を守ればペースメーカーへの影響は少ないが、短時間の発射にとどめることが望ましい

Eその他
  1)血栓予防のため抗血小板剤(バファリン、チクロピジン)や抗凝固剤(ワーファリン)の投与の可能性があるので注意が必要
  2)細菌性心内膜炎を起こしやすいので抗菌剤を十分に使用する
  3)治療中は経時的にモニタリングするが、その際、心電図モニターが望ましいしかし、ない場合は、血圧、脈拍数、リズムのモニターを必ず行う

F予測される事態と対応法
  失神発作、頻脈発作があれば直ちに気道を確保し、できれば静脈ルートを確保する

医科Drからのアドバイス:

 ペースメーカーの普及に伴って、ペースメーカー患者が他の疾患のための検査や治療および様々な手術を受ける機会が多くなった。このため最近のペースメーカーには二重三重の安全装置が組み込まれており、実際にトラブルが発生する危険性はまずないと言ってよい。ペースメーカーを植え込んでいるからと言って恐がる必要はなく、逆に注意さえ守っていれば他の患者以上に安全である

 

<参考文献> 循環器疾患最新の治療 ’96−’97  南江堂

       高齢者歯科医療マニュアル        永末書店

       病気を持った患者の歯科治療       長崎保険医協会   


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