信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療 
1. 
気管支喘息  bronchial asthma

1999.11.10 松澤        

■定 義   気管、気管支が種々の刺激に対し反応性が亢進している状態で、自然にあるいは治療によりその強さが変化する広汎な気道閉塞によって症状を現す疾患である。気管支炎、肺胞壁の破壊を起こす肺気腫、心不全を起こす心血管系疾患などに由来する気道閉塞を除く。
 この定義に述べられているように気管支喘息の特徴は、@気道過敏性の亢進、A気道閉塞の可逆性にあるといえる。

■分 類 

 

一般に小児の発病はアトピー型が多く、高年齢発病は感染型の傾向がある。成人喘息では約50%が混合型である。 

■病態生理  気管支喘息の特徴は気道狭窄(閉塞)であり、それが発作性または可逆性に起こる。気道狭窄は、@気管支平滑筋の収縮、A気管支粘膜の腫脹、B分泌物の増加と貯留によって生じる。気管支喘息は、それらが複雑にからみあって生じるものである。この気管支狭窄による、換気効率の低下と呼吸筋の仕事量増加のため呼吸困難が生じる。

■発症因子  以下に掲げる因子は単一で起こることは少なく、種々の因子が重複して発症に関与している。

@アレルギー:気管支喘息の発症におけるアレルギーの役割は極めて重要である。沍^アレルギー反応が主であり、それに。型、まれに「型が加わって生じる。アレルギー反応により肥満細胞などから遊離したchemical mediator が放出され反応性の亢進した気道に作用して喘息が誘発される。
A自律神経系:気管支平滑筋の緊張は自律神経系によって支配されており、副交感神経刺激は気管支を収縮させ、交感神経刺激では気管支は拡張する。したがって気道収縮において自律神経系の異常が関与すると考えられる。
B感染:感染は発症因子としての意義は少なく、むしろ喘息発作の引き金であり、難治化の要因となっている。
C物理化学的刺激:喘息発作が季節の変わり目、過食、ヘアスプレー、線香の煙など非特異的刺激によって誘発されることはよくみられることで、これらは、気道過敏性を背景に気道の知覚神経末端刺激や副交感神経を介して生じるものと考えられる。
D精神的因子:不安、心理的葛藤、情緒不安定など精神的因子によって喘息発作が起こることはよく知られている。これらは、喘息発作発症の原因ではなく、発作の引き金や増悪因子としての役割をもつものと考えられている。
E運動負荷 喘息発作が運動後に誘発されることがあり、運動誘発喘(exercise induced asthma : EIA )と呼ばれる。運動時の過呼吸によるによるもので、乾燥した冷気を過換気した場合吸入気は上気道だけでは十分加温、加湿されないことが示されており、発作誘発の引き金になると考えられる。
Fアスピリン アスピリン喘息(aspirin induced asthma : AIA )は、アスピリン内服直後から2時間までの間に発症し、鼻汁分泌を伴い、呼吸困難発作は重篤で、死亡することがある。中年以降の慢性喘息患者に発症し、しばしば鼻ポリープを合併し、女性に多い。頻度は喘息患者の約10 %を占めるといわれている。喘息発作はアスピリンのみならず、ポンタール、ボルタレン、インダシンなどのなどの酸性鎮痛剤によっても発作が誘発される。これらの物質はアラキドン酸の代謝過程で、プロスタグランジン合成阻害、ロイコトリエン分泌促進などにより発作を誘発すると考えられている。
さらにこれらの患者の一部においては防腐剤として使用されているメチルパラベンや、タートラジンなどの黄色系色素によっても喘息発作が誘発されるといわれている。 

■症 状  
@喘鳴:発作時の患者の訴えとしての喘鳴は重要である。狭くなった気管支の内腔を空気が出入りするので「ぜいぜい」とか、「ひゅうひゅう」という音が生じる。聴診上では笛声音 wheezeと表現され、呼気の延長がみられる。乾性ラ音であり、湿性ラ音は聴かれない。
A呼吸困難:喘息発作が強くなると、仰向けに寝ることができず、座って前かがみの姿勢をとり努力呼吸をするようになる。これを起座呼吸とよぶ。起座呼吸を伴う呼吸困難が、通常の気管支拡張剤による治療でも改善されず、それが24時間以上続く状態を喘息発作重積状態という。
B喀痰:粘液性または漿液性の無色な痰で、好酸球が多く含まれている。粘液性痰が小気管支の鋳型で固まったCurschmann 螺旋体や、好酸球から成る Charcot-Leyden 結晶が認められることがある。

 典型的な軽症例の場合、咳などの前駆症状に続いて、夜間から早朝にかけて、喘鳴を伴う呼吸困難が現れる。陽が昇るにつれて、咳とともに少量の粘稠な痰が喀出され、喘鳴が消失し呼吸は徐々に正常になる。

 好発季節、好発時間があり、季節の変わり目、特に秋に最も多く、次いで春、梅雨期に多い。気象の変動の少ない夏や冬は比較的少ない。好発時間は夜半から早朝時である。

■検 査  @気道過敏性試験     気管支喘息の診断
      A原因アレルゲン検索   気管支喘息の原因検索および治療
      B痰および末梢血好酸球
      CIgE          
      D胸部X線写真
      E呼吸機能検査
      F動脈血ガス分析     病態の把握と治療

■治 療  慢性型・通年型喘息の治療
治療の基本は気管支拡張薬などによる対症療法、発作を予防するための chemicalmediator遊離抑制薬などの治療、体質改善を主とする変調療法に分けることができる。

@気管支拡張薬  交感神経刺激薬(β2刺激薬)
         キサンチン誘導体
         抗コリン薬
A副腎皮質ステロイド
Bchemical-mediator 遊離抑制薬(抗アレルギー薬)
Cカルシウム拮抗薬
D特異的減感作療法(喘息発作を誘発する原因抗原が明らかであり、その抗原を回避することが困難である場合、原因と思われる抗原液を作り注射する方法。)
E非特異的変調療法(金療法、ヒスタグロビン、ワクチン療法など)
F心理療法

 

--- 喘息患者の歯科治療 ---

 気管支喘息の患者は全人口の約1%といわれており、歯科医師が喘息患者の歯科治療を行う機会は少なくない。中でも鎮痛剤の服用により、激しい喘息発作をきたすアスピリン喘息は救命処置を必要とする場合もあり、特に注意すべき喘息である。

■歯科治療前  問診にて以下の内容を確認する。

評価 @喘息の種類‥‥アトピー型(若年者に多い)、感染型(高齢者に多い)
   A喘息の重症度‥‥発作強度、発作頻度
   B投薬内容‥‥吸入薬の種類、ステロイドの有無
   Cアレルギーの有無‥‥喘息患者の1/3 に薬アレルギー
   Dアスピリン喘息の可能性‥‥解熱鎮痛剤、風邪薬による喘息発作誘発歴の有無
 現在、気管支喘息にて加療中の場合には、主治医対診して現在の状態、発作の程度、投薬内容などを問い、歯科治療の内容、所要時間、使用薬、投薬内容などを伝える。

 

表3 日本アレルギー学会重症度判定基準 

■歯科治療時のポイント 

@頻回に発作を起こしている時期、発作の起こりやすい時間帯は処置を避ける。
A喘息の治療薬を正しく服用しているかを確認。
B携帯用吸入薬を持参させ、必要に応じては歯科治療前に使用させる。または超音波ネブライザーなど主治医による術前処置の施行。
C治療はできるだけ短時間におこない、頻回にうがいさせる。
D刺激性のある薬剤、切削粉塵、注水、吸水、印象採得、ラバーダムなど喘息発作の誘因となりうる因子に注意する。
E表面麻酔に活用、精神鎮静法の活用などで、精神的緊張の緩和をはかる。しかし、笑気 吸入鎮静法は、吸入ガスが発作の誘因となりうるので慎重を要する。
Fアスピリン喘息の患者は、鎮痛剤の選択、パラベン(防腐剤)による発作誘発の有無につき主治医と相談 ヌ

投薬   鎮痛剤は可能な限り使用しない。必要なら非酸性(ペントイル)または塩基性(ソランタール)のものを使用する。ただし塩基性鎮痛剤によっても発作が誘発されることもあるので慎重な管理を要する。非酸性のプロスタグランジン抑制作用がないペントイルは安全に使用しうると考えられているが、酸性のものに比べ鎮痛効果が弱いとされるため、非常に強い疼痛の場合には長時間作用性の局所麻酔剤の使用など別の手段を講じる必要がある。オノン(ロイコトリエン受容体拮抗薬)を併用し、 NSAIDS を使用する方法もあるが、すべての喘息患者に安全であるとは言えず、慎重を要する。安心して使えるものとしては、麻薬があげられる。
 また黄色系色素によっても発作が誘発される可能性があるため、薬は白色のものを使用し、着色されたものを避ける。カプセルが着色されているものはカプセルをはずして使用するのがよいとされている。

麻酔   局所麻酔剤中に含まれる防腐剤メチルパラベンによる発作の可能性がある場合にはカードリッジの局所麻酔剤は避け、防腐剤の含まれていない抗不整脈剤のキシロカインアンプルを使用するのも1法である。

■歯科治療中の喘息発作時の対応        

 

表 歯科診療室で喘息発作が起こったら

参考文献:

呼吸器病学                  中外医学社
呼吸器病学                  医学書院
COMMON DISEASE SERIES 8 気管支喘息    南江堂
臨床歯科全身管理ハンドブック         南江堂
高齢者歯科医療マニュアル           永末書店
足立裕康ら:アスピリン喘息患者の抜歯経験   日歯麻誌


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