微小重力下では加速度が生じないため内耳の末梢前庭器における加速度受容(求心性の入力)に変化が生じ、「宇宙酔い」の一因となっている可能性が考えられています。宇宙環境における前庭系の神経伝達機構の解明は今後宇宙ステーションにおける長期滞在や宇宙旅行に大きく寄与するものと思われます。当科が提案した国際ライフサイエンス実験「The
Effect of Micro Gravity on Vestibular
Neurotransmission」が、スペースシャトルに搭載されることが決定しております。(参考ページ)
本実験では微小重力下で生ずる前庭神経系の遺伝子レベルでの変化をDNAchipやDifferential
Display法などで捉え、いかなる遺伝子の発現が促進あるいは抑制を受けているかに関して検討し、「宇宙酔い」のメカニズムや「新しい環境への適応」のメカニズムについて分子生物学的に検討する予定です。
最近の診断法、治療法の進歩によって癌も治る病気になったとはいえ、まだまだ手ごわい病気でもあります。癌の治療法には大きくわけて手術、抗がん剤、放射線治療の3つの方法があり場合によってはこれらを組み合わせて行う場合もあります。ところが同じように見える癌細胞でも抗がん剤が効く癌細胞もあるかと思えば、抗がん剤が全く無効であるばかりか副作用ばかりが目立つ場合もあります。同じように放射線の効果にも個人差があります。このような癌細胞の性質の違いがあるにもかかわらず従来は画一的な治療がなされてきました。我々のグループでは個々の癌細胞の遺伝子を調べることによってこれらの違いを明らかにしようという試みを始めております。具体的にはDNAマイクロアレイ(DNA chip)という最新のテクノロジーを使って癌細胞にどのような遺伝子が多く発現しているかあるいは逆に発現量が減少しているかを見ようと言うものであります。将来的にはその患者さんの癌細胞の個性に応じた治療法を選択できるシステムを作ることを目標にしています。
最近までほとんど原因が分からなかった感音難聴ですが、ここ数年の分子遺伝学のめざましい発展によりいくつかの難聴の原因遺伝子(座)が特定され始めております。私どものグループでは数年前より難聴の遺伝子解析に着手しておりますが、遺伝子の面からのアプローチにより次々と新事実が明らかとなってきております。以下に現在までに重点的に解析を行ってきた3種類の遺伝子に関するデータを供覧し如何に遺伝子診断が与えるインパクトが大きいかをお示ししたいと思います。



1. PDS遺伝子
近年、前庭水管の拡大(内耳奇形の一つのタイプ)を伴った難聴症例が数多く報告されるようになり注目を集めております。我々のグループでは難聴と甲状腺腫を伴うPendred症候群の原因遺伝子(PDS)が同時に「前庭水管拡大を伴った難聴」の原因遺伝子でもあることを明らかにし、両者はPDS遺伝子変異による一連の疾患群であることを明らかにしてきました(Usami S et al. Hum Genet 1999; 104: 188-192)。これは遺伝子解析が疾患の概念をも変えてしまうという良い実例ではないかと思っています。

コネキシン(Cx)26遺伝子は細胞間の結合様式の一つであるギャップ結合蛋白をコードする遺伝子ですが、Cx26遺伝子の変異が常染色体劣性遺伝や優性遺伝形式をとる難聴家系に見い出されて以来世界的に注目を集めております。私どもの外来を受診した難聴患者さんに関しCx26遺伝子の変異をスクリーニングした結果、日本人に特徴的ないくつかの新たな変異が確認されました。この結果はCx26遺伝子変異が日本人の難聴の原因としても重要であることを示唆しております(Abe et al., 2000)。また日本人に見出された変異部位は欧米で報告されている変異と異なっており日本人のデータの集積の重要性が明らかとなりました。

また私どもの患者さんの中にミトコンドリア遺伝子の変異(1555A->G点変異)を持つ患者さんが見つかりましたが、この変異があるとアミノ配糖体抗生物質により容易に難聴を来たすことが知られております(Usami et al.,2000総説)。しかし症例を詳細に検討したところ中にはアミノ配糖体投与歴が無く、いわゆる特発性難聴の形で難聴を来たした患者さんもあり、種々の外因により難聴が引き起こされる可能性があることが明らかになりました(Usami et al.,1997)。すなわちこの遺伝子変異が内耳の易受傷性と関連している可能性が示唆されました。この遺伝子変異を持つ高度難聴患者に対し人工内耳を行ったところ良好な成績が得られたことは難聴者にとって大きな福音となると思われました(Tono et al., 1998)。この遺伝子変異を持つ患者さんに関してはアミノ配糖体抗生物質を避けることによりある程度予防が可能であることから、家族や血縁者に対しては積極的に遺伝子検査を行い、予防の必要性を強調しております。現在この変異を持つ患者さんに対しては「薬物カード」を渡しております(Usami et al.,1999)。
2. コネキシン(Cx)26遺伝子



