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工学部について

理念・沿革・環境

理念

本学部は、恵まれた自然環境の中で個性を生かし、
基礎的学力の素養のもとに工学の幅広い専門的知識を有する
創造性豊かな人材を養成します。

また、工学技術と環境保全との調和に深く関心を持って人類社会に貢献し、
高度情報化社会における学際的技術の研究開発や国際化に対応できる
人材を育成します。

目標

本学部は、基礎学力の向上を重視しつつ専門知識並びに学際分野の修得を基盤にし、創造力の育成と課題探求能力を開発する教育を行うとともに、情報技術に関する基礎知識とその応用能力を育成します。また、地球環境保全などに対する技術者倫理をそなえ国際的視野に立ってさまざまな分野で貢献できるための行動力や自立心を有する人材を育成します。

工学部に求められるもの

国土が狭く、これと言った天然資源を持たないわが国の今日の繁栄は、 諸外国の先進技術を積極的に導入し産業を興し、これを用いて輸入した原材料を高付加価値製品に加工して輸出するという明治以来の一貫した産業、貿易振興策によって支えられてきたといっても過言ではありません。
産業界への優秀な技術者の供給の場としての大学、 とりわけ工学部の果たした役割も忘れることはできません。
しかしながら、わが国が世界有数の工業生産国、経済大国となった現在、従来のような諸外国からの技術導入、模倣、改良と言った小手先の技術だけでは、将来の繁栄はおろか、これからの時代を乗り切ることもできないことは明らかです。
したがって今後は、わが国独自の独創的アイデアに基づく新しい高度な自主技術を開発し、それによって世界をリードすることこそが必要となります。
工学部に求められているもの、それは正に最先端技術に対応できる独創性を持った技術者、研究者の養成なのです。

沿革

本学部は、昭和24年5月の信州大学の発足に当たり、 当時長野市にあった長野工業専門学校を前身として、再生日本の産業立国への寄与と、第2次大戦中岡谷、 上諏訪地方への工場疎開を契機として興った長野県産業への人材供給を目的として創立されました。
当初は機械工学科、電気工学科、通信工学科(後に電子工学科に改組)、 土木工学科の4学科でしたが、その後、工業化学科、精密工学科、合成化学科、情報工学科、建築工学科が順次設置され9学科構成になりました。 昭和42年にはより高度な技術者、研究者養成の場としての大学院工学研究科修士課程が設置され、 平成元年には9学科から5学科に改組され、平成10年に環境機能工学科を新設しました。また、平成20年に現在の7学科に改組されました。
さらに、大学院工学研究科は平成3年に工学部と繊維学部を基盤とする 大学院工学系研究科博士課程に新設改組され、学士、修士および博士の学位を授与できる、名実ともに最高学府となりました。

昭和18年(1943年) 4月 長野高等工業学校創立 
(機械科、精密機械科、航空工学科、電気科、通信工学科)
昭和19年(1944年) 4月 長野工業専門学校と改称
昭和24年(1949年) 5月 信州大学発足、工学部発足 
(機械工学科、電気工学科、通信工学科、土木工学科)
昭和34年(1959年) 4月 工業化学科設置
昭和37年(1962年) 4月 精密工学科設置
昭和42年(1967年) 4月 大学院工学研究科修士課程設置
昭和43年(1968年) 4月 合成化学科設置
昭和45年(1970年) 4月 通信工学科を電子工学科に改組
昭和49年(1974年) 4月 情報工学科設置
昭和56年(1981年) 4月 建築工学科設置(9学科)
平成元年(1989年) 4月 工学部改組(5学科)
平成3年(1991年) 4月 大学院工学系研究科博士課程新設改組
平成10年(1998年) 4月 環境機能工学科を設置(6学科)
平成20年(2008年) 4月 工学部改組(現在7学科)

環境

信州大学工学部キャンパスイメージ 信州大学工学部は、長野県の県都長野市のほぼ中央にあります。
キャンパスのすぐ南に犀川を挟んで戦国両雄の一騎打ちで名高い川中島があり、少し北には「信濃には月と仏とおらがそば」とうたわれた善光寺があります。
またグランドに立てば、スキーのメッカ志賀高原や菅平の重畳たる山なみを東に、戸隠忍法発祥の地飯綱山の秀麗な山容を北に仰ぎ、 山男あこがれの後立山の雪の峰々をはるか遠く西に望むことができます。