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しらい じゅん

白井 純

日本語学 准教授

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キリシタン版 学会・研究会

「キリシタン語学の最先端」講演会の感想

「キリシタン語学の最先端」講演会終了

 2/17(土)にあがたの森文化会館講堂ホールで開催した「キリシタン語学の最先端 大航海時代のキリシタン文献を通じてみるヨーロッパ言語と日本語の邂逅」講演会は盛会のうちに終了しました。
 あがたの森文化会館は、旧制松本高校、信州大学文理学部、同人文学部の校舎として利用されていた歴史のある建物を利用しています。
 窓の外には雪が降っていましたが、こういう場所で興味のあるキリシタン語学の話題を堪能できたのはとても幸せでした。
 「とても寒い」と聞いていましたが、午前中から暖房を入れたせいか問題なかったですね。

普遍文法、多言語辞書、日本語学習、そして「宣教と言語学」

 豊島正之先生による講演では、当時の文法が果たした社会的役割、ラテン語は本当にlingua franca(介在言語=母語を異にする人々の間で意思疎通が可能な言語)だったのか、ラテン文法に基づく日本語文法の構築、ラテン語に基づく言語普遍への志向など、とても興味深く奥深い内容のお話がありました。
 岸本恵実先生による講演では、1595年刊行の『羅葡日辞書』(ラテン語・ポルトガル語・日本語)の紹介と、その日本語訳の方法、ヨーロッパのラテン語辞書「カレピヌス」と多言語辞書の歴史などが、第一人者ならではの学識のもと、分かりやすく解説されました。とくに「カレピヌス」諸版のなかには11言語に及ぶものがあることは驚きでしたが、ラテン語とギリシア語、聖書の言語としてヘブライ語は当然として、もっぱらロマンス語中心で、英語は10番目の言語として現れてくるというお話は印象的でした。
 山田昇平先生による講演では、ドミニコ会の文献にみられる日本語ローマ字表記の特徴について、イエズス会との相違に注目したお話がありました。ドミニコ会のローマ字表記には、イエズス会のそれにはない種類のチルダやアクセント符号がみられること、それが日本語を離れたヨーロッパの地で日本語を正確に学習するためになされた配慮であったことが説明されました。とても勉強になるお話でしたが、個人的には、日本語のローマ字表記であっても正書法が関係するので、音声的な特徴を直接的に反映したと言い切れるのかは疑問だと思います。このあたりは、今後、さらに研究が深化することで明らかにしていただけることでしょう。

lingua francaと国際共通語

 講演会は信州大学人文学部国際化推進事業として、グローバル化・国際化の言語的側面について考えることをテーマの一つにしていました。
 ローマ人の言語として書き言葉だけではなく話し言葉でもあったラテン語ですが、大航海時代の初期には既に話し言葉としては死語となり、書き言葉として絶対的な地位にありました。母語としての話し言葉はラテン語の子孫であるロマンス語(フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語など)やゲルマン語(英語、ドイツ語、オランダ語など)であり、教養のある人々は、どこの国の言語でもない(強いて言えばバチカンの)ラテン語を、学習によって習得していました。
 当時の日本人にとってラテン語の習得は至難だったようですが、豊島先生のお話によれば、宣教師にとっても決して楽な仕事ではなかったのでしょう。その意味では、ラテン語の学習によってlingua francaを習得していた当時と、一部の国の母国語を事実上の国際共通語として用いる現代とでは、似てはいても根本的な言語観が異なるように思いました。
 俗語(話し言葉)に過ぎなかった各言語を「国語(標準語)」の地域に高め、近代的国家の成立を促したことで知られるネブリハ(Nebrija)の『カスティリャ語文法』“Gramatica de la lengua castellana”には「言語は帝国の伴侶」“siempre la lengua fue compañera del imperio“という有名な表現があります。この文法書が出版された1492年は、グラナダの陥落によるレコンキスタ完成、女王イザベル一世の支援を受けたコロンブスのアメリカ大陸発見という、スペインの国力充実を象徴する年でした。国文法の役割を国家統一と植民地の言語教育として位置づける姿勢は、ヨーロッパ列強諸国だけではなく日本もかつて通ってきた道です。

「大航海時代」という表現

 大航海時代とは、15世紀半ばから17世紀にかけて、スペイン、ポルトガルを中心とするヨーロッパの列強諸国が、アフリカ、アジア、アメリカ地域に進出した時代です。
 今回の講演会のタイトルに用いた「大航海時代」は、キリシタン語学の分野では現在も使用されているのですが、国際的な場面では「大航海時代」という用語を使わないようです。“Age of Great voyages”(大航海の時代)というのはあまり聞かず、“Age of Discovery”(発見の時代)や “Age of Exploration”(探検の時代)(とそれらの翻訳)が現代でも使われているようです。「大航海時代」という言葉は岩波書店の『大航海時代叢書』によるものですね。
 この「発見」や「探検」という表現は、言うまでも無くアフリカ、アジア、アメリカ地域を「未開」と位置づけたヨーロッパ中心主義の発想ですから、日本人である私にすれば面白くないわけです。そこで今回は「国際的」ではなかったかもしれませんが、敢えて中立的な表現を使ってみました。その方が「国際的」だと思うのですね。だんだん話が脱線してきました。
 最後になりましたが、東京や大阪、京都から講演にお越しいただいた先生方、また、聴講にいらした市民の皆様、他大学や信州大学の先生、院生さん、会場の設営を手伝ってくれた人文学部の学生さんには、改めて感謝申し上げます。
 ありがとうございました!

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