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おおぐし じゅんじ

大串 潤児

日本史 准教授

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こんなことしています(研究)

「国境の島」 2013春 歴博対馬調査 その2

対馬地域のなかの日露関係

「恩海義嶠」の碑文

  午後は、いっきに北上。東側海岸沿いを走ります。途中、宮本常一『忘れられた日本人』にも登場する「千尋藻(ちろも)」集落を過ぎました。封印された古文書が入っている函をあけるため、浦々の総代が船で集り協議する有名な場面の舞台です(最近、地域の「寄り合い」叙述と朝鮮戦争という時代状況の関連を問題視した坂野徹『フィールドワークの戦後史』吉川弘文館2012が出ました)。     上対馬殿崎の「日露友好の丘」には日本海海戦(対馬海戦)100周年の2005年に巨大なレリーフが作られました。近くには、東郷平八郎揮毫による「恩海義嶠」(めぐみのうみ ぎはたかし)の碑文があります。殿崎地域住民は、日本海海戦の際対馬に流れついた負傷ロシア兵を200人以上救助したといいます。日本海海戦の日には勝利を記念して村民運動会が眼下にみえる広場で開催されていました。

青島陥落記念碑

青島陥落記念碑

  豊砲台に向かう途中、第一次世界大戦時における「青島陥落」の記念碑を調査しました。1914(大正3)年11月11日の日付を持っていますが、青島陥落直後に建碑尾されたもののようです。村長などを務めた地域の有力者が建てたものです。山の尾根に建てられていましたが、現在は、道路整備による切り通しによって山が切られたため、道端からかなりの距離を登っていかなくてはなりませ。案内の方がいなければ、ほとんど気が付かない場所です。   第一次世界大戦と日本社会については、その社会構造上の変動に注目があたって来ました。近年では、戦争史論として議論が深められています。しかし、地域社会にとっての第一次世界大戦の意味はまだまだ検討する余地がありそうです。小林啓治『戦争の日本史21総力戦とデモクラシー』(吉川弘文館2007)は、国際関係と国内社会(特にメディアなど)の双方にめくばりした好著ですが、冒頭に紹介のある各地域に残る碑文のなかにも「青島陥落記念碑」のことは触れられていません。青島攻略戦には久留米・大村の連隊の一部が出動していますので、対馬地域出身の兵士もいたことでしょう。この碑がどのような由来で建てられたものか、詳しい検討は出来ませんでしたが、「青島陥落記念碑」は全国的にも珍しいのではないでしょうか。   韓国展望所を訪ねましたが、あいにくと釜山の街並みや山なみをみることはできませんでした(昨年、見ることができましたが、春としては見えることの方が珍しいそうです)。   この夜は、魚屋の息子さんが経営する居酒屋「ひでよし」で懇親会。美味しい対馬の刺身や「どんこ」を肴に、地の焼酎「やまねこ」も入って盛り上がりました。小松さんからは、自衛官生活の経験史を伺うことが出来ました。自衛隊にも「軍隊演芸会」はあり、上官のものまねが一番うけたそうです。旧軍との文化的つながり(およびカラオケなどが入ってきた後の文化的転換)が興味深い話しでした。この盛り上がりのなかで急遽、明日の予定が決定。明日も要塞地帯見学となりました。

オンドル

芋崎砲台「オンドルの跡」

  3月30日、風が少し強かったですが、晴天の恵まれました。海軍要港部(現在は海上自衛隊基地)がある竹敷の先、浅茅湾を守るために日清戦争期に構築された芋崎砲台を目指しました。   クルマを降りてから歩くこと1時間。芋崎砲台にたどりつきました。ちょっとしたハイキングでした(いや登山か?)。砲台左翼の「棲息掩蔽部」は竹藪に覆われていてなかなか入って行けませんが、そこには「オンドルの跡」とされいてる遺構があります。日野義彦『対馬拾遺』には、対馬各地に残る「弾薬庫、兵舎等は終戦後隣の国から日本へ密航する人々の格好の隠れ場であった」と記されており、その「記述を裏付けるもの」(『対馬砲台あるき放題』)とされています。かなり新しい釣り人が使った痕跡もあり、より詳細な検討が必要でしょう。   さらに進んで海岸沿いの降りると、そこは1861年「ポサドニック号」による対馬事件のあと地です。ロシア兵が掘った井戸や台場の跡が残され、1931年建碑の「文久元年 魯寇之跡」碑があります。

対馬をあとに

どう考えるか?

  残された時間を使ってゆっくり見ることの出来なかった厳原の町を散策しました。     半井桃水生家(「半井桃水館」)、修善寺(崔益鉉「殉国之碑」)、金石城跡公園にある「李王家宗伯爵家 御結婚奉祝記念碑」などです。   どこも韓国からの観光客でにぎわっていました。   戦後の対馬地域を考える基礎史料である『対馬新聞』の調査は都合により出来ず、また島内各地域に残る行政文書の全容もまだわからないままです。労働組合や平和運動などの社会運動関連史料も手つかずです。しかし、歴博第6室展示のリニューアルにむけて確かな手応えのある調査でもありました。

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