教員紹介

おおぐし じゅんじ

大串 潤児

日本史 准教授

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サークル誌をもとめて

サークル誌の時代 2011年晩秋の福岡

福岡へ

  2011年11月26~27日,福岡・北九州を訪ねました。松本から名古屋,広島を経て博多までの道は遠かったですが,秋の瀬戸内海や徳山の石油コンビナート,東日本とは趣の異なった山々を車窓から眺めながらの旅は楽しいものでした。15時過ぎ,博多に着きました。地下鉄「西新」で降り,「サザヱさん発祥の地」碑や「元寇土塁」を眺めながら,福岡市立総合図書館に向かいます(残念ながら福岡市立博物館は改装工事中でした)。   今回の旅の第一の目的は,図書館で開催されている「サークル誌の時代 労働者の文学運動1950-60年代福岡」を見ることです。福岡市文学館は開設記念展「カフェと文学」(2002年)以来、「文学の記憶 福岡1945」(2005年)「檀と真鍋」(2010年)などすぐれた展示をしてきましたが,今回のものも意欲的な時宜にかなった企画でした。九州のサークル運動・サークル誌といえば,何よりも『サークル村』・『無名通信』が著名です(松原新一『幻影のコンミューン』創言社2001年,新木安利『サークル村の磁場』海鳥社2011年)。しかし今回は,国鉄(門司)や炭坑,製鉄(八幡)の文化運動,北九州国民文化会議など広範な「サークル誌」に焦点を当てた―現時点においては可能な限り総合的な展示であったと思います。『月刊炭労』『緑と太陽』など手元にいくつかはありますが,名前でしか知らない雑誌の現物を見ることができるのは大変嬉しいことでした。やはり,紙の質や色合い,表紙やカットの色彩感覚など,現物でなければ味わえないすばらしさを実感しました。企画者側も述べる通り,多くのサークル誌は散逸の状態でもあり,いくつかのタイトルは,法政大学大原社会問題研究所からの借り出しでした。文学運動,サークル運動,さかんな九州地域においてすらこうした状況なので,北海道・東北・長野・東京南部・名古屋などサークル活動が活発であったといわれる地域で同規模の展覧会が出来るかどうか,その意味でもこうした試みは画期的であったと思います。

ドイツの友と

スヴェンくんと

  この日の夜,久し振りにドイツの友人,スヴェン クラーマ くんと再会しました。九州大学大学院での生活や今後の事,いろいろと話しが出来て良かったです。松本で開かれたボウフム大学と信州大学日本近現代史ゼミの交流会で出逢った友人たちがいまも元気で,それぞれの「現場」で活躍していることを祈ります。  ボウフム大学の学生たちとは2009年9月に松本で出逢いました。

ことばの力

福岡市文学館(赤煉瓦文化館)

 11月28日,「サークル誌の時代」第2会場(福岡市文学館,赤レンガ建物)を見学,こちらの方は,作品そのものに肉薄し,そこにつづられた「ことば」を重視しての展示が行われていました。印象深いことばをいくつか。 「大きなテーマと取り組むとき,そしてそれを叙事詩として描きあげようとおもうとき,必要なのは集団制作の問題である。」(岡田芳彦「詩における集団制作の問題」『鉄と花』第2号、1954年11月10日,八幡市・北九州詩人集団) 「夕方,夫に何と云つたか忘れた。たぶん子供がほしいと云つたに違いない。〝文化運動が出来んようになる〟夫は頭をかかえてこう云つた。私は身がちぢむように思つた。死を強要されているとさえ思つた。」(阪田さかえ「私は隠れ蓑を着ていた」『あしおと』第7号、1960年2月28日,九州採炭文学サークル)   「詩」「小説」「評論」,そこに書きつけられた「ことば」の数々を見ながら,私はどんな「ことば」を発することができるのだろうか,と深刻な想いにとらわれました(最近,ある友人から「言葉が軽い」と言われた)。と言っても,こうして記事を書いているので,「書きつづけながら考える」他はないのかもしれません。

小倉と清張

歩兵第14聯隊・第12旅団司令部跡碑と門柱

  比較的時間に余裕が出来ました。当初の予定にはなかったのですが,松本へ帰る時間を遅くして北九州小倉に立ち寄ることにしました。門司港や八幡製鉄所,筑豊の炭坑を見学する時間はなかったので,せめてもと思いながら小倉城址にある「松本清張文学記念館」を訪問したのです。太宰治と同年のこの文学者は,「時代小説」「(社会派)推理小説」のみならず,『日本の黒い霧』『昭和史発掘』など独特の現代史学を築いた人物としても著名です。生誕100年にあたって『現代思想』や『別冊 太陽』などが特集を組みましたが,いわゆるアカデミズムの歴史学ではほとんど位置づけられていません(家永三郎氏はそうしたあり方を問題にしていた)。「松本清張の現代史」,これはもっと論じられてよいテーマであると思います。「サークル誌の時代」に表現された九州の文学・文化運動のもう1つの極点として。   記念館は,書斎・書庫をふくむ自宅の1部を復元するとともに,清張文学のある全体像をわかりやすく展示してありましたが,最近の企画展では,「松本清張と東アジア」という問題設定が刺激的でした。買い求めた新潮文庫版『或る「小倉日記」伝』収録の「赤いくじ」は,敗戦前後の朝鮮半島,「くじ」でアメリカ占領軍向け「慰安婦」を選ぶ日本軍将校と「くじ」に当ってしまった女性の姿を描いた印象深いものでした(不勉強にも初めて読んだ)。  松本に戻ったのは深夜近くでした。次の日は,人間情報学概論です。前の週にみせた木下恵介監督「陸軍」(松竹,1944年)の舞台ともなった「小倉歩兵第14聯隊」「小倉城址」もみることができた,有意義な旅でした。  

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