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いとう つくす

伊藤 尽

英米言語文化 教授

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『【図説】ヴァイキング時代百科事典』(柊風舎刊)

『【図説】ヴァイキング時代百科事典』の監訳をしました。

ヴァイキング時代百科事典 帯付き

ジョン・ヘイウッド著、村田綾子訳、伊藤盡監訳『【図説】ヴァイキング時代百科事典』が柊風舎より上梓されました。
日本では、ヴァイキング時代の本格的な百科事典としては初の試みになります。

これまで、「図説」と冠した専門書は邦訳で二冊出ていました。Bertil Almgren, et al. The Vikings (Stockholm, 1974)は、『図説 ヴァイキングの歴史』(原書房, 1990)として。また、James Graham-Campbell他のCultural Atlas of the Viking Worldは『図説 ヴァイキングの世界(図説 世界文化地理大百科)』(朝倉書店,1999)として。
両者とも原書はおしも押されぬ価値の高い研究の粋を集めたヴァイキング時代の紹介書です。前者は蔵持不三也先生が翻訳を、後者は熊野聰先生が監修をなさっています。

一方、スーザン・M・マーグソンの『ヴァイキング事典(「知」のヴィジュアル百科)』(あすなろ書房, 2007)は子供用の百科事典として、楽しく勉強できるものです。マーグソンは川成洋先生の監修された『ヴァイキング(ヴィジュアル博物館)』(同朋舎, 1994)もかつてはありました。英語で何冊も子供用のヴァイキング紹介本を著している女性です。


けれど、ジョン・ヘイウッドの百科事典は、事典として、ヘイウッド自身が選んだ496項目に及ぶ事項を、多くの図版とともに定義し、提示しているものです。最初、原書が出版されたときには、歴史の裏情報や解釈の余りの多さに、私自身も驚くほどでした。まして、日本で邦訳が出る日が来るなど夢にも思えませんでした。


この度、立教大学の小澤実先生の御紹介で出版社との橋渡しをして戴き、この書物を監訳という形で世に問うことが出来ることは、望外の喜びであり、幸せです。
この翻訳の特徴は2つ。1つは、原書にある図版が大きくなって見易いことです。2番目は、原書にはない索引を加えたところです。選択的とはなってしまいましたが、主な人名、地名、事項名の三つの種類別に巻末に付しました。これによって、欧文綴りを確認することもできます。北欧語、特に中世の古北欧語(時に「ノルド語」と日本語では呼ばれます)は、カタカナ表記の統一があまり見られません。中世の言語を日本語に直す場合、研究者はそれぞれの原則に従ってカナ表記をします。本事典は、いわゆる「再建音」を用いました。「ヴァイキング時代」という名前を冠している本なので、「ヴァイキングの時代だったらこう発音しているだろう」と学説に基づいて復元をした仮名書きです。このカナを日本人が声に出して読むことで、若い読者がヴァイキングの時代の音声をなんとなく想像して貰えたら嬉しいです。

ヴァイキングは、ヨーロッパ中を席巻し、あちこちにその影響を残しました。東に向かったヴァイキングは現在の「ロシア」という国の基礎を築きました。西に向かったヴァイキングは北アメリカ大陸にまで達しました。途中でアイスランドに入植し、グリーンランドという極寒の地でも何世代か過ごしました。南はスペインやイタリア、コンスタンティノープルやエルサレムにまで至りました。北欧の戦士のどこまでがヴァイキングでどこからが中世の騎士になるのか、という問題ももちろん存在しますが、この事典を読むとき、1つの考え方が示されています。

帯には、「平和的であり 暴力的でもあった ヴァイキング」という謳い文句が印刷されました。ペイズリー大学図書館司書だったスチュアート・ジェイムズの書評(Stuart James (2000), "Encyclopaedia of the Viking Age", Reference Reviews, Vol.14, Issue 6, pp.46-47)にもあるとおり、ヴァイキングとは複雑で魅力的な人々でした。それをこの事典から読みとって貰いたいと望んでいます。

スチュアート・ジェイムズ(ペイズリー大学図書館司書。Reference Reviews誌、Library Reviews誌編集者)「Encyclopaedia of the Viking Age書評」Reference Reviews 14 (2000), pp.46-47.

最後に、本書について、どのような特徴があるのかを紹介する最も適切な文章を、元ペイズリー大学図書館司書スチュワート・ジェイムズ氏が書いております。
James、Stuart 2000. 'Encyclopaedia of the Viking Age', Reference Reviews Vol.14, Iss.6, pp.46-47.
その和訳する許可を戴きましたので、翻訳にて引用して御紹介します。なお、邦訳版には、原書にはないとされている、人物名、地名、事項その他の索引が巻末に付されています。

 「ラーグズでのスコットランド軍との戦闘で勝敗はつかず」というのが、私たちが地元で「ラーグズの戦い」(1263年)と呼んでいる「テーマ」についてこの事典が教えるすべてで、おまけにこれは「スコットランドのヴァイキング」という見出しの中の記事であって、「ラーグズの戦い」という見出しすらありません。けれど、「テーマ・パーク」となれば、何をやっても許されるものですし、地元にできたそのテーマ・パーク「ラーグズのヴァイキングたち(ヴィーキンガー)」について私の二人の孫が熱く語るのを聞くだけで、彼らが「戦闘」をしたことの証拠は、私にとっては十分存在します。もちろんそのテーマ・パークで彼らがいろいろと学習したことは言うまでもありません。「オージンにどうして片方の目がないか知ってる?」 この問いを発した7歳になる少年は「どうして」なのかを知っていて、私に誇らしげに教えてくれました。もしあなたが、オージンが目を一つ失った経緯を知らないとすれば、それは、この目を見張るほぼ幅広い知識を教えてくれる素晴らしい事典から学べる数多くのことの一つです。

 ヴァイキングというのは魅力ある存在です。私たちは誰でも、彼らの略奪と陵辱についての物語を知っています。略奪については十分に実証されています。けれど、陵辱については、どうやらあまりにもありふれた出来事でいちいち記録すべきことと思われなかったのか、あるいは実はきわめて珍しかったかのどちらかのようです。歴史学では、ヴァイキングは実に平和的(そして非常に誤解を受けた)商人や農民であることを示そうという学問的な流行がありました。そのために彼らの芸術面や植民活動における活躍、また広範な商業活動は、十分に実証されましたけれど、やはり、海賊行為についても同じように歴史的事実ということができます。いわゆるステレオタイプなヴァイキングがいるわけではなく、すべての人間がそうであるように、ヴァイキングたちも、遙かに複雑な(だからこそさらに興味深い)人々でした。彼らの旅の途上や旅の末の定住地での冒険、彼らの語り継いだ神話と、そこから結実した彼らの文学、それらがすべて一緒になって、このとても重要な人物集団を(しかも数世紀の時間的距離をもって安心して魅力を堪能できるように)形造っているのです。私たちは誰もがエイリークル血斧王や、赤毛のエイリークルについて聞き知っていますが、この事典で扱われる人物たちのリストに含まれる他の数多くの傑物には、私たちがヴァイキングについて感じる典型的人物像が名前として表現されているのを目にします。頭骨破りのソルフィンヌル、スヴェイン双鬚王、有力者シグルズル、エイリークル勝利王、マグヌス善王とハーコン善王。さらに忘れてはならないオーラヴル平和王は、いわゆるヴァイキングらしくない渾名ですね。深慮のアウズルになると、さらにヴァイキングらしくありませんが、彼女の人生の冒険は『ラクス谷の人々のサガ』によって実際広く知られているというのです。

 この事典にはすべてが詰まっています:人々、サガ、神話、いろいろなトピック(それも非常に広範です。農業、子、結婚と離婚、性、奴隷、町、交易、女性、そのほかまだまだです)、そして、地中海からロシアやアメリカにいたるいろいろな地名。サガは現代英語訳でしか読んだことがありませんでしたが、ヴィンランドつまりアメリカ大陸についての物語が直接目で見た証言と考えられなかったはずがないということを理解していませんでした。この事典に含まれている「ランス=オ=メドウ」や「ヴィンランド」の記事はその証拠を与えてくれますが、同時に、解くことのできない難しい問題も私たちに教えてくれます。もし、新しく見つけた土地についてあまり大げさに吹聴しすぎたのだ、と仰るならば、ただ西に目をやって、世界の中で人間をもてなすのがもっとも不得意な土地に「緑の土地」=グリーンランドなどという名前をつけ、わざと気楽にすぎるように人々に告げた例を見れば、当時の彼らの考え方もわかるというものです。

 本事典の序文は、ヴァイキングたちが活躍した場所を簡潔に示し、彼らの歴史についておおまかに線描しています。それからアルファベット順に記述が与えられます。相互参照は豊富で、年表、支配者たちのリスト、それに参考文献一覧もあります。しかし索引はありません。全体として、現在の研究の成果を網羅し、様々な再解釈を提示し、紛糾する議論を、簡潔かつ充分に詳しい事典項目として、読みやすい文章でまとめています。レイアウトも装丁も見事で、記事に関係するイラストが白黒で多数、見易い画像で添付されています。ジョン・ヘイウッドは歴史家として、幾つもの参考書・事典のたぐいを著しています。学究的な参照や写本校合についての言及はありません。けれど、そのぶん、本書は最善の意味で最も簡便で、アマチュア読者のためにも最善の事典であることを保証しています。ヴァイキングに関する本は数多存在しますが、そのカバーする範囲の広さ、読みやすく魅力ある文章、図画の範囲、現在の学究的な成果を適切に抽出する術、これらのことに加えて、適切な価格を一冊の事典としてまとめてあることを考えると、本書には一般の図書館や歴史学の書架に参考書として並べる価値があることが充分に示されています。


以上、スチュアート・ジェイムズによる、原書Encyclopaedia of the Viking Ageの書評は、原著書の特徴である、充実した記事内容とその読みやすい筆致、扱う範囲の幅広さ、図版の有益性、統治者たちの系譜に触れています。

 この書評を読むとき、スコットランドのラーグズで起きたスコットランド人とヴァイキングの間の戦いについて、地元民は熱く語り、おらが村の歴史を誇りに思っていることが示されています。その一方で、大きな視野のもとでは、たった一行しか触れられないような、極めて微視的な地域にのみ関わる事件のようにも見えます。しかし、この事典のスゴイところは、そのような「小さな事件」にも触れていることにあるのです。歴史は所詮「物語化」しない限り歴史とは呼べず、単なる事実の断片ばかりが大きな時間軸にあるだけです。それら点と点を繋げるのは歴史家の仕事ですが、この事典は、その作業を、読者にある程度委ねる素材に満ちています。

 また、歴史は事件ばかりを扱うのではありません。文学を生み出した人間を理解するための背景も与えてくれます。この事典では、文学、神話、民俗、社会をも読者に示すことで、単なる歴史的事件の断片ではない、生きた人間たちの頭の中や心の中に何が去来していたか、その足跡を辿るためのヒントを与えてくれています。この事典が「歴史事典」ではなく「時代事典」という表題が付けられているのも、そのような特徴だからでしょう。

 考えてみると、中世初期と中世後期の間の数百年間に活躍したヴァイキングは、いわゆる欧州の歴史の中心・主流からは離れた存在でした。ヴァイキング活動は、全体として「ラーグズの戦い」の寄せ集め、と捉えられるかも知れません。実際、フランク王国〜神聖ローマ帝国が担った、欧州の中央君主国としての役割を記述する歴史書の中ではヴァイキングは非常に小さな扱いになるのが、これまでの歴史学の常識です。英文学を中心に勉強してきた学生が西洋中世史を学ぼうとすると、西洋中世史の中ではイングランドは辺境に追いやられているという感覚を持ってしまうのに恐らく似ているでしょう。

ヴァイキング関連の書籍をもう一冊

熊野聰先生の著書・新旧比較

ヴァイキングに関する書物は、つい先日、小澤実さんが解説・文献解題をした、熊野聰著『ヴァイキングの歴史:実力と友情の社会』(創元社)が上梓されたばかりです。
その帯にも推薦の言葉をお書きになった漫画家幸村誠さんの描く『ヴィンランド・サガ』は、大人気の漫画ですが、中世北欧ヴァイキングの生活をリアリティをもって私たち読者に展開しています。『ヴィンランド・サガ』は海外でも多くのファンを集める作品で、専門の研究者にも知られているほどなのです。


日本アイスランド学会の会長も務めたことのある熊野先生の名著『北の農民ヴァイキング』の改訂版となります。後者は私が学生時代に読み、学んだ本ですが、改訂版には、最近までの研究書の邦訳などが紹介されています。ジョン・ヘイウッドの事典の邦訳が、この文献案内に間に合わなかったのは残念でした。

今、まさにヴァイキングは熱い視線を集めています。この事典が、日本の読者にもヴァイキングの真の姿に近づく一助になればと願っています。
ちょうどこの推薦の言葉をお書きになっている幸村誠さんの『ヴィンランド・サガ』19巻も上梓されました。これを機会に全巻読破してみては?
まだストーリーは続きますが、中世初期に北海・バルト海を旅立ったヴァイキングたちの生きた声を聴く想いがしますよ。

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